第11話 ご当地夕食会計画(後編)

やがてテーブルの最後の方、シャーロットの料理の所にやって来た。


「シャーロットさん、あなたの故郷の料理はどんなお味かしら? 楽しみだわ」


私は悪気無くそう言った。

するとシャーロットはおずおずと、背後から厳重に油紙で密封されたような箱を取り出した。

まるで今まで目につかないように隠していたかのようだ。


「あの……きっとお口に合わないと思うんですけど……」


シャーロットは「出すには出したが、いかにも見せたくない」と言った様子でそう言った。


「あら、そんなことないわ。私も食事に関してはけっこう幅広いつもりだから」


そう笑顔で返す。

実際、その通りだ。私は好き嫌いはあまりないし、珍しい食べ物でも抵抗なく食べられる。

そうでなければ、いきなり異世界にやって来て、見た事も聞いた事もない食材なんて口に出来ない。


「でも……みんなを嫌に気分にさせてしまうかも……」


「大丈夫よ。こうして他の土地の料理を食べられる機会なんて、中々ないもの。みんな楽しみにしてるわ」


そう言われてシャーロットは、諦めたように箱を覆っていた油紙を解き始めた。

中からはやはり厳重な金属製の缶のような容器が出て来る。


「私の国でよく食べられている庶民的な料理と言うので……」


シャーロットはそう言いながら、缶の蓋を捩じって開く。


途端に、鼻がひん曲がるような悪臭が漏れ出す。

いや『鼻がひん曲がる』なんて可愛いものではない。

『鼻の奥にカラシを塗ったワリバシでも突っ込まれた』かのような衝撃だ。

あまりに臭さに目がチカチカする。


私は自分の世界で『くさやの干物』を焼いて食べた事があるが、その臭いでも比較にならない。

そう、世界一臭い食べ物と言われるシュールストレミングを越える臭いだ。

シュールストレミングの缶詰は、大学時代にサークルの先輩が余興として持って来た事があるが、こんな悪臭を嗅ぐのはその時以来だ。


「うぷっ」


思わず今まで食べた料理が胃から逆流しそうになり、私は床に膝まづいてしまった。

口を押えて辛うじて吐き出す事は我慢したが、それでも目から涙がこぼれ出す。


「きゃあ!」

「なに、この臭い!」

「やだ!臭い!」

「ど、毒ガス?」

「誰か、窓を開けて、窓!」


部屋にいた人たちが口々に叫び出す。会場は大混乱だ。


「は、早く、早く、ソレを仕舞って!」


私は中身もロクに見られず、汚物を避けるかのように手を振った。

シャーロットは悲しそうな顔で、持っていた缶に蓋をする。

それでもまだ悪臭は収まらない。涙も止まらなかった。


「しゃ、シャーロットさん。アナタ、いったい何を持って来たの?」


およそ食べ物とは思えない臭いだ。

シャーロットは脅えたような目で私を見た。


「す、すみません。私の国では冬の一般的な食材で……食べ慣れているものですから、そんなに皆さんが驚くと思わなくて」


「そ、それは、何の料理なの?」


私はまだ時々「ウッ」とえづきながら、そう質問した。


「ミャクラムと言って、北極ニシンとアブラアザラシの肉を塩漬けにして発酵させたものです。それに海藻やペンネを混ぜた料理なんですけど……」


そ、そうなのか?

そう言えばシャーロットの故郷・リッヒル国は大陸の北側に飛び出した半島だ。

その地理的位置から一年を通して寒冷な気候である。

私の世界で『世界一臭い食べ物』と言われるシュールストレミングも、寒い北欧・スウェーデンの食べ物だったはずだ。

この世界でも同じような食文化が育っていてもおかしくはない。

だが、周囲はそうは思わなかったようだ。


「嘘よ! この世にそんな食べ物があるはずないわ!」


そう叫んだのは、私のすぐ隣にいる女生徒だった。


「そんな酷い悪臭、嗅いだことがないわ! 豚小屋だってもっとマシな臭いよ」


「そうよ、それが食べ物なんて有り得ない! アナタ、このパーティが気に入らなくて、ワザとそんなものを持って来たんでしょう!」


「アナタの持って来たソレの臭いで、もうパーティが台無しだわ!」


周囲の女子が口々にそう叫ぶ。

シャーロットは目に涙を浮かべていた。


「そんな……私は、ルイーズ様が『故郷で庶民がよく食べている料理を』と言うから、これを持って来たのに……」


そこにエルマがツカツカと音を立てて近づいてきた。


「シャーロット、アナタは本当に許せない。せっかくルイーズ様が、みんなの親睦を深めるためにこのパーティを企画してくれたと言うのに……いったい何の恨みがあって、こんな酷い事をするの!」


「恨みなんて……私、そんなつもりじゃ……」


「今すぐ、その汚物を持って、ここから出て行って! アナタには私達と交流する資格はないわ!」


「ちょ……」


私は「ちょっと待って、シャーロットを追い出すなんて」と言おうとした。

だがその時、鼻の奥に残っていた悪臭で、またもや「ウッ」とえづいてしまったのだ。


そしてシャーロットは、自分の持って来た箱の手にして、悔しそうに涙をこぼしながら立ち去ろうとしていた。


「ちょっと待て!」


その雰囲気を切り裂くような鋭い声が響いた。

声の主は……ハリー・レット・マグナーだ。

彼はさっきまでの好男子の表情ではなく、荒々しい怒りを秘めた顔つきでコッチに向かって来ていた。

そして彼女の両肩を抱くように引き留めた。


「シャーロットさん、君が出ていく必要はない!」


そう言ったかと思うと、ハリーは彼女の手から箱を奪い取り、蓋を開けると、その悪臭漂うドロリとした魚の一片を摘まんで口に入れたのだ。


「うん、塩気は強めだが、十分に熟成されている。とっても美味しいよ」


そう言って二つ目を口に入れると、やっと蓋を締めた。

そして私達の方を向き直る。


「俺は小さい頃から親父の船によく乗っていた。そしてある時、北海で嵐にあって漂流してしたんだ。寒さの中、食料も尽きようとしていた時、近くにいた漁船が助けてくれた。彼らはリッヒル国の漁師で、飢えのあまり動けなくなっていた俺たちに、持っていた保存食を分けてくれたんだ。それがこのミャクラムだった。俺はそのお陰で、いまここにこうしている事が出来る」


彼は全員を睨むように見渡した。


「文化や国、そして風土が違えば食材も料理も違うのは当たり前の事だ。今日、みんながこのパーティを開いたのは、そういう文化の違いを乗り越え、互いに理解し合う事が目的の一つじゃなかったのか? それなのにシャーロットさんの持って来た料理を理解しようともせず、追い出すのはあまりに酷いんじゃないか?」


ハリーの剣幕と、そして筋の通った理屈に、みんなが押し黙った。

ハリーは続けて、私に鋭い視線を向けた。


「ルイーズさん、アナタはリッヒル国では、冬季にはこのミャクラムが食べられていた事を知っていたはずだ。フローラル国ではリッヒル国の人々を『腐った魚喰らい』と呼んでいるくらいだからな!」


(え、それってそういう意味だったの?)


私は思わず胸の中で聞き返してしまった。

確かにゲーム中でルイーズが「あの『腐った魚喰らい』の連中が」と言う発言があったのは覚えている。

しかしそれがこの事を指しているとは知らなかった。


(いや、私だって知らなかったわよ。だってそんな悪役令嬢側の設定まで、ヘルプに書いてある訳じゃないし)


だがこの言葉は胸の飲み込む。

だって彼らにはこんな言い訳は通用しないからだ。


「それにアナタはシャーロットさんに『土地ならでのは、庶民が食べている料理を持って来て』と言っていたはずだ。俺はそれを聞いていた」


ま、まぁ、確かに私はそう言ったけど……


「この時期のリッヒル国の一般的た食べ物はこのミャクラムだ。そしてアナタはそれを要求した。それなのにシャーロットさんを責めるのはおかしいんじゃないか!」


え、え、ちょっと待って。それって『私が悪い』って事?


「アナタは最初から、彼女を笑い者にする気だったのか!」


「ガーン」と頭を殴られたようなショックを感じた。

こ、この展開、ヤバ過ぎない?

確かに「アタシがこのパーティを企画して」「アタシがシャーロットに『普段庶民が食べている、その土地ならではの食べ物』を持ってくるように言って」「アタシがその臭いでダメージを受けた」んだけど……

ハリーはまだ涙が零れているシャーロットの肩に手を回し、優しく語りかけた。


「シャーロットさん。アナタは言われた通りに一般的な郷土料理を持って来たんだ。何も恥じる事はない。少なくとも、俺はアナタの味方だ」


ハリーがシャーロットを別室に促した。

おそらく彼女を落ち着かせようとしているのだろう。

そんな彼が私の横と通り過ぎる時、低く小さな声で言った。


「ルイーズさん、アナタには失望したよ。アナタはみんなの事情を考えて『一般的な食材で庶民が食べる郷土料理』を提案したのだと思っていた。まさかシャーロットさんを狙い撃ちにして辱めるためだったなんてな」


そのまま二人はパーティ会場を出て行った。

私は、そんな二人をただ呆然と見送っていた。

これで私は、さらにシャーロットの恨みを買った上、三人目のヒーローにさえ悪感情を持たれてしまったのだ。



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この続きは、明日8時過ぎに公開予定です。

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