第9話 ご当地夕食会計画(前編)

「お休みなさいませ、お嬢様」


「お休みなさい、アンヌマリー」


丁寧に頭を下げて自分の部屋に下がる彼女に、私は力なくそう答えた。

私は全身を包み込むようなフカフカのベッドの上で、大の字になって寝ころんでいる。


「ヤッバイよなぁ~」


思わず独り言が漏れる。

何しろ学園に着いた初日からコレだ。


最初は学園がある都市に入った途端、正ヒロインであるシャーロットと馬車でぶつかりそうになり、彼女の顔に泥を掛けてしまった事。

そしてそれを見ていたのが、第一のヒーローであるエールランドの公爵家の長男・アーチー・クラーク・ハートマン。


次に夕食の歓迎会の時に、シャーロットの大切なドレスを破いてしまった事。

そこで彼女を庇ったのが第二のヒーローである聖ロックヒル正教の大司教の息子・ガブリエル・マルセル・バロアだ。


どちらのイベントも間違いなくシャーロットの恨みを買っている上、彼女と結ばれる予定のヒーロー達からも反感を持たれただろう。

つまり私は確実に『破滅エンド』へのルートを進んでいる訳だ。


「こんな事なら、もう少しゲームをやり込んでから、ルイーズと入れ替えれば良かったよ」


思わずそんな愚痴が出てしまう。

だがこの世界、私の知っている『フローラル公国の黒薔薇』と少しシナリオが違うようだ。

馬車のイベントは場所が違ったし、歓迎会のイベントはルイーズはシャーロットを馬鹿にするだけで、ドレスを破くなんて話はなかったはずだ。

もちろん全てのルートをやった訳じゃないから、絶対だとは言えないが。


ただ一つだけ言える事がある。

もはや『シャーロットと関わりを持たない』という方針は取れない事だ。

今日起きた二つの出来事だけでも、既に十分に破滅フラグを立ててしまっただろう。

このまま放置する訳にはいかない。私への憎悪が増幅しかねない。

(この思いはイジメにあった事がある人しか、解らないだろうけど)


ここは何としてでも、シャーロットとの関係を修復し、仲良くならなければならない。


「さて、どうすればいいのか……」


三度目の独り言を呟いてみるが、別にいい案が浮かんでくる訳ではなかった。



翌日からレイトン・ケンフォード学園の授業が正式に始まった。

そして私ことルイーズは、さっそくクラスの中心だ。

誰も彼もが、私と交友関係を結びたいと近づいて来る。

ゲーム通り『フローラル公国のベルナール公爵の一人娘』と肩書は絶大らしい。


(でもこの数年後には、私は死刑か大陸全土から追放の目に合うと知ったら、この中の何人が友達になりたいと思うかしらね)


思わずそんなシニカルな目で彼ら彼女らを眺めてしまう。

そんな中、遠くから私を冷ややかに見ている二つの目に気が付いた。

一人はアーチー・クラーク・ハートマン。

もう一人がガブリエル・マルセル・バロア。

どちらも、昨日私がシャーロットをイジメた?現場を見ていた二人だ。


(これはマズイわよね。なんとかシャーロットと仲良くなって、破滅ルートから抜け出さないと)


そして問題の張本人、シャーロットはと言うと……

一人ポツンと席に座っている。

誰も彼女に話しかけようとしない。


(そりゃ、この学校に来る目的の一つは『権力者とお近づきになる』だけどさ。みんなハッキリし過ぎじゃない?)


私は周囲に合わせつつも、そのわかりやす過ぎる態度にはウンザリしていた。

とは言うものの、昨日の今日で、私も彼女の声を掛ける口実がないのも事実だ。



八時半には授業が始まった。

この世界では古代ルルン文字、歴史学、宗教学、地理学、政治学などの一般的な学問以外に、魔法学と呼ばれる分野があってかなり重視されている。

よって魔法学だけでも、魔法学総論、魔法体系学、魔法理論、魔法科学、スペル・コーディング、実践魔法など6科目もあるのだ。

勉強など大学以来の久しぶりなため、午前中の授業だけでグッタリしてしまった。

しかもどれも私が自分の世界で学んで来た学問とはかけ離れている。

脳みそがストライキを起こしそうだ。


「ルイーズ様、食堂に参りましょう」


そう誘ってきたのは、エルマ・アリス・サーラの三人組だ。


「ええ、行きましょうか」


お腹も空いているしね。



食堂もまるで宮殿のような豪華さだ。

既にテーブルには同じく豪華な食事が並んでいる。

私は有名な『魔法学校の映画』の食事シーンを思い出した。


空腹だった私は、さっそく目の前にある鳥の丸焼き(既にナイフは入れられている)から、自分の皿に肉を取り分ける。

別のボールには紫色の不明な果実と、何種類ものハーブが入ったサラダが置かれているので、それも皿に取る。


「う~ん、この南部風辛味ソースは、鳥料理にはイマイチだと思いません? ルイーズ様」


エルマが鳥肉を飲み込んだ後、眉根を寄せながらそう言った。


「え、どうして?」


「だってフローラル公国ならこのソース、子豚のローストに使うと思うんです。鳥の丸焼きに使うには、ちょっと味付けが濃すぎるんじゃないでしょうか?」


得意げにそう言ったエルマに、アリスが異を唱える。


「あら、鳥肉だって南部風辛味ソースに合いますわよ。この鳥が家畜化された白ニワトリだからじゃないでしょうか? 私の故郷の赤キジやミドリ鴨でしたらピッタリですわ」


するとサーラがその会話に加わる。


「肉はこれでもいいとして、ワタクシはサラダの方が不満ですわ。このサラダにムラサキ・オレンジは合いませんもの。ここはハニー・アップルか氷河ベリーを入れるべきですわ」


だがエルマがそれに「ないない」とでも言うように、手を左右に振った。


「ハニー・アップルも氷河ベリーも、今の時期にこの地では手に入りにくいでしょう。仕方ありませんわ」


「それは残念ですわ。この二つが手に入れば、私が素晴らしいパイを皆さんにご馳走して差し上げるのに」


サーラが少し不満そうな様子でそう言った。

それからしばらく彼女たち三人の「故郷の料理自慢」の話が続く。

三人とも「自分故郷が一番」と言いたげに主張するので、話は一向に終わる気配を見せない。


「ねえ、ルイーズ様。やっぱりフローラル公国の茶毛牛の肉が最高ですわよね!」


それまでただ三人の話を聞き流していた私に、突然エルマがそう振って来た。

アリスとサーラが私を見つめる。

二人は分が悪そうな顔をしていた。

そりゃそうだ。ルイーズはエルマと同じフローラル公国の出身なのだから。

自国の肩を持つのが普通だろう。

だがその時、私は一つのアイデアを思い付いた。


「フローラル公国の茶毛牛は確かに最高だけど、アリスの言う山岳羊の肉も美味しそうだし、サーラの言う南洋のシロクジラの肉も美味しそうじゃない。どれも噂に高い食材ですし、その土地での調理法もあるでしょうから」


三人が「ふんふん」と言った様子で、私の話を聞いている。


「それでどうかしら? いっそみんなで『故郷の名物料理』を持ち寄ってパーティを開くっていうのは? 新しいクラスで親睦を深める事もできるし」


それを聞いた三人の顔が輝いた。


「それはいい考えです。さすが、ルイーズ様!」


「色んな土地の名物料理を楽しめるなんて、確かにこの学園でしか中々できない事ですよね!」


「私も精一杯、美味しい食材を郷里から届けさせますわ! ああ、本当に楽しみ!」


んふふ、うまくいった。

クラスのみんなでパーティとなれば、当然の事ながらシャーロットも参加する。

これなら自然と彼女との距離を縮める事も可能だろう。


その時だ。

私は不意に後ろを振り返った。

背後に視線を感じたのだ。

それもヒヤリというかチクリというか、そんな鋭い感覚で。


しかし後ろには、隣のテーブルの人たちがいるだけだ。

その人たちは食事とおしゃべりに夢中で、誰も私を見てはいない。


「どうかしたんですか? ルイーズ様」


エルマが不思議そうに聞いて来た。


「ううん、何でもないの」


私は顔を前に向けると、何事もないようにそう答えた。


……気のせいか……


ルイーズは常に注目を浴びる存在だから、誰かに見られているような気になっただけかもしれない。



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この続きは明日の朝8時過ぎに公開予定です。

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