第19話 冬が来る前の事件

穏やかに日々が過ぎ、公園のラクウショウの葉も日に日に色鮮やかさを増していた。

街はクリスマス一色で賑わいを見せる頃、事件が起こった。


いつものコンビニ。

光は愛犬ナナを店先にて待機させ、買い物がてらギャル店員ちゃんと立ち話をしていた。

午後3時。一番お客が少なく、世間話しやすい時間。おやつにできたての焼き芋とホットのコーヒーを買い、おいもスイーツは何が好きかなんてたわいもない話をしていると、見慣れた男の子が入ってきた。


「いらっしゃいませー」

「あっ、誠くん」

学校帰りなのか、ランドセルを背負った誠が来店した。

レジに顔を向けることなく、むしろ顔を背けるようにしているが、その表情は暗く険しかった。

いつもと違う様子が気になり、ホットコーヒーをレジカウンターに置いて、買い物するふりをしながら誠の動きに注目した。


駄菓子の棚に向かうと一旦足を止め、一見何を買おうか物色しているようにもみえるが、誠は躊躇なくつかんだチョコビスケットをズボンのポケットに入れ、そのまま店外へ出た。

ホットケースの中にできたての商品を陳列していたギャル店員ちゃんは、まさかいつも来てくれる男の子が万引きするなんて思ってもないので、全く気づいていない。


「誠くんっ」

名前を呼ばれると、反射的に足を止めた。

「ポケットの中…まだお金払ってないものあるよね?」

「……」

「見せてもらうね」

店の横、ナナが待ってるほうへ誘導し、ポケットを探る。

出てきたのは、強く握られ袋の中で粉々に砕けたチョコビスケット。

「こういうことするの万引きって言うんだけど、悪いことって知ってるよね?」

「……」

無言で、光から目を逸らす。

それはやはり、後ろめたい気持ちがあるからだろうか。

「人のもの、お店のもの盗んだら泥棒だよね。悪いことしたらお巡りさんに捕まっちゃうよ。なんでこんなことしたの?」

大人の言葉には耳をかさない誠も、ナナが近づきペロッと固く握りしめた拳を舐めると、心がほぐれた。

「くすぐったいよ、ナナ…」

張り詰めていた糸が切れ、大きな瞳から涙がボロボロとこぼれた。

「だってだって、お母さんいなくなったら、僕ひとりで生きていかないといけなくなったら、おかねなくなったら食べ物盗まないとって思ったから…うー…うぅー」

「大丈夫だよ、こんなかわいい誠くん残してお母さん、いなくなったりしないよ」

「だってだって、お母さん僕の前で死のうとしたもん!! だから、僕はもうすぐひとりになっちゃう。生きてくためには、悪いことしても仕方ないってお母さん言ってたもん!! だから…だから…うぅ…う…」


死のうとした!?

誠の言葉から、大山家に何かあったことが推測された。

「誠くん、僕またお家まで送っていくから、一緒に帰ろう。その前に、お店の人に謝ってこよう?お金も払わないとね」

背中をさすって落ち着かせる。

ナナの悲しげな、せつなそうながらも温かい眼差しに諭され、誠は再び店内に戻った。

光が説明し、店長さんにも改めて話を、と提案したが、ギャル店員ちゃんはそれを断った。

「きっとさ…余程のことがあったと思うのよ。この子はちゃんと悪いことしたってわかってる。苦しくて自暴自棄になって…そして将来生きるために食べ物をって…まるで戦時中の子供みたいじゃん。今の世の中でそこまで追いこまれるって…尋常じゃないよ。だから、今はこれ以上責めないであげて。お母さんのことも心配だし…」

「そうだね。まずはこれからお家まで送って、お母さんの様子も見てくるよ」

お菓子代を支払うと、誠は深々と頭を下げた。

「店員さん、光兄ちゃん、ごめんなさい」

泣きながら、真剣に謝った。

見ていたふたりは、胸が痛かった。



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