第4話 女としての生きづらさ

「夕食は出前を頼もうか、ナナ」

デリバリーアプリを開き、新しい住所を登録し近隣のお店を検索する。

「あっ、あったここだ。昼間見つけたおいしそうな蕎麦屋さん、デリバリーのシール貼ってあったもんね」

ペット同伴で食事できる店は限られているので、ナナとできるだけ一緒に食事をしたい光は、よくデリバリーを利用していた。

これならお店のおいしい味を自宅で楽しみ、2人で食事をすることができる。

もちろんナナは人間と同じものではなく、体調を考慮して犬用のペットフードなのだが。

ペットは大事な家族の一員とよく言われるが、光にとってもナナは愛犬という枠を超えた大切な存在であり、かけがえのない人生のパートナーなのだ。

だからこそ、日常のどんな些細なこともおろそかにすることなく、日々のルーティンも大事に共有しているのだ。

「引っ越しといえばやっぱりお蕎麦だから。天ざる定食、秋のかやくごはんセットにしよう」

スマホでピピッと、楽々注文。あとは届くのを待つだけ。

「便利な世の中になったもんだねぇ」

商品が届くのを待つ間、丁寧にお茶を入れ、ナナの食事も用意する。

「引っ越し祝いに、今日は少し豪華な夜ごはんにしようね。プレミアムカリカリに、わんちゅーるトッピングだよ」

うれしそうにしっぽを降るナナ。言葉はなくても、心が通い合う幸せなひと時。


ピコーン


スマホの通知音が鳴った。

「配達員さん、今お店に向かってるって。これ見てるのおもしろいよね、うちわかるかなぁとか、画面越しに応援しちゃう」

デリバリーサイトのアプリには、担当配達員の名前が表情されていた。

『hanamichi』




「オーダー受注っと…すぐ近く、公園通りのお蕎麦屋さんね」

デリバリー配達員、八田華未(はったはなみ)26歳。

5年勤めた会社を辞め、新しいことをしたいと自転車配達員になったのが1年前。

同時期につきあい始め、同棲している5歳年下の彼氏がいる。

彼女は、生きづらさを感じていた。女としての生き方に。

前職の退職理由は、上司からのセクハラだった。

大手運送会社の事務員として、短大卒業後事務員として正社員採用。

何社受けてもなかなか採用が決まらず、焦りも出始めた頃やっと内定がもらえた企業だった。

男社会の閉鎖的な世界ゆえ、慢性的に体育会系気質が根付いており、上司の言うことは絶対で逆らうことなどできなかった。

ましてや就活で苦労した華未にとっては、また同じように職探しで苦労はしたくないという思いから、多少の理不尽には目をつぶり続けた。

女子社員の人数が少ないことから相談できる人もおらず、社会人経験が初めてということもあり、きっと世の中どこでもこんなもんだろうと、自分に言い聞かせるふしもあった。

若くて見た目もかわいく、胸も大きくてスタイルが良い。

だから面接で気に入られて、上司から贔屓されてる。

周りからはそう陰口を叩かれることもあった。

女性の同僚達からうらやましがられ、嫉妬され冷遇も受け、セクハラも見て見ぬふりをされた。

誰も、助けてくれなかった。

他の女子社員達は、誰かが生け贄になることで自分達に火の粉はかからないと、保身の気持ちがあるのだろう。

そして、それが悪しき伝統となる。


思えば、面接の時から様子がおかしかった。

面接官からの質問は学業のことよりも、

「彼氏いるの?」や

「うちは男性社員が多いから下ネタとかも出てくると思うけど、そういう時どうする?」など。

その時は内定欲しさに無理に明るく笑って話を合わせてしまった。気持ち悪いと思いながらも。

入社後は面接官でもあった上司の部署に配属され、仕事を教わるのに文字通り手取り足取り。最初は背後から説明するような、抱きつくような体制で伝票やパソコンを指導。その後徐々に身体に触れられることも多くなり、執拗な食事、デートの誘い。帰り送るからと車で待ち伏せされたり、ホテルに連れていかれそうになることもあった。

どうしたらよいのかと本屋でヒントとなるような本を探していると、隣にいた人に肩を叩かれ、振り向くと変なオッサンがエロい雑誌を開いて、

「これアンタ似てるね」

とニヤニヤしながらヌード写真を見せてきたり。

街を歩くと風俗やAVにスカウトされたり。

困っているところを助けてくれたのが今の彼氏なのだが、若いこともあってかとにかく性欲が強い。

同棲を始めてからは毎晩のように求めてくる。

何かと理由をつけて断っていると、その気にさせたいのかケーブルテレビで見れるアダルトチャンネルをわざとらしく流し、強制的に見せようとしてくる。

それが腹立たしくてイラついて、この日もケンカして家を出てきた。

我慢ができず「やらせろ」と、ひどい言葉を投げつけられたこともあった。

その時はさすがに別れようとしたが、泣きつかれて謝罪され、ズルズル今日へと至る。

コンビニに休憩に行けば、雑誌コーナーで目に入るどぎついグラビアの表紙。

ネットのバナーには、見たくもないのに度々表示されるエロ漫画の広告。

氾濫する性の情報の中、女性というものが軽んじて扱われる。

自分のようにたまたま胸が大きかったり男受けする容赦というだけで、性の対象という好奇の目にさらされる。

世の中のニュースには女性蔑視、差別、世界中に昔からこの風習が絶えない。

女に生まれてきただけで、なぜこんなにも息苦しい想いをしなくてはならないのか。

発育がよく、小学生の頃から胸が目立ち、学生時代は通学の電車内で痴漢に合うのも日常茶飯事だった。

見ず知らずの男に胸やお尻を触られ、怖くて声も出せなかった。

多感な思春期からたくさん嫌な想いをした華未は、自分の女という性に否定的で、嫌悪感を抱き続けて生きてきた。

だから、今このデリバリーの仕事で生きている。

ここなら基本人と関わり過ぎるとことなく、ひとりで働ける。



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