第5話

 世界が暗転するような感覚の後、目の前がぐらついた。


 先ほどまで業火に焼かれるような痛みを味わっていたというのにそれが消え、目の前に広がるのは心地の良い太陽の光。


 いったい何が起こったのかとあたりを見回せば、走り去っていく少女の姿が見えた。


「え?……まさか……エレナ?」


 自分の声と感覚に違和感を覚え、顔を触り、そしていったい何が起こっているのか愕然とする。


 十年も前に処刑したはずのエレナ。


 愛しいエレナが、走り去っていくのが確かに見えた。


 十年前のあの日、エレナには様々な罪をきせて彼女をすぐに処刑した。それが全ての間違いであったことに気づくまでに、数年の時を要した。


 無実の罪で、自分を本当に愛してくれていた人を失ったのだ。


 ジョゼフは両手で顔を覆い、大きく息を吐いた。


 あれから本当に酷かったのだ。


 エレナを処刑したことにより、公爵家は国を捨てた。そしてそこからはアーティスト王国と手を組み、ジョゼフはどんどんと追い詰められていった。

 

 そして、消えたはずの呪いがエレナを処刑してからすぐに復活し、いくら妻であるアイリーンが私と一緒に過ごしても呪いが消えることはなかったのだ。


 つまり、アイリーンは私を愛していなかった。


 私を愛していたのも、呪いを解いたのもエレナだったと分かった時の私の絶望感は果てしなく、そしてそこから国を亡ぼされるまで、私は、もがき、あがき、苦痛の日々を送るしかなかった。


「一体どうなっている……まさか、神は私にチャンスを与えてくれたのか……」

 

 ジョゼフは小さくそう呟くと、突然横に現れた少女を見て目を丸くした。


 そこには、かつて自分と結婚をした少女アイリーンがいた。


 驚いた表情でこちらを見つめるアイリーンは、少し視線を彷徨わせた後で頬を赤らめた。そして、あの時と同じように自分に頭を下げて言ったのだ。


「も、申し訳ございません。庭を散歩していたら、殿下が眠っていらっしゃるのが見えて……」


 そうだ。


 あの時、自分は体から呪いが消えているのを感じて、目の前にいる少女アイリーンが呪いを解いてくれたと勘違いをした。


 それが間違いだったことも知らず。


 これまで献身的に自分を支え、愛してくれたエレナのことなど忘れて。


 一瞬で目の前にいる可愛らしい少女アイリーンに好意を抱いてしまったのだ。


 そして、邪魔になったエレナのことを早々に処理することを決め、冤罪をかぶせて処刑した。


「うぅっ……」


 エレナの首が転がるところを思い出し、ジョゼフは顔を青ざめさせてその場でアイリーンに向かって吐いた。


「きゃぁぁ!」


 アイリーンは顔を青ざめさせている。自分に汚物が付いたことに嫌悪感をあらわにしている。


 エレナならばきっと自分を心配して、背中をさすってくれただろう。


 あぁ。


 全て間違っていたのだ。


 でも、今度は間違えない。


 ジョゼフはこの時、まだ信じていた。エレナが自分を愛していると。


 身勝手にも、自らが処刑したというのに。




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