第三十四話 再会【後編】

「わああ!」

「うっ!」


 後ろから男の野太い悲鳴がした。

 そこにいたのは高木と矢田だった。


「は!?」

「た、高木さん! 矢田さん!」

「……篠宮? ん? 何だここは」

「あれ? 俺地球に戻されたんじゃなかったか?」


 高木と矢田は何が起きたか分からないようで、きょろきょろとしている。

 だがなつのにも何が起きたかは分からない。


「え? だ、だって、二人とも、し、死んだんじゃ」

「楪! どういうことだ!」

「どうって、一度認識したものは呼べるから」

「そうじゃなくて、地球で亡くなったんですよ」

「それは地球の時間軸の話でしょ? こっちはまだ五日だから地球じゃ秒も経ってないでしょ」

「え? でも実際に亡くなってて」

「だから、こっちが地球のその現実に追いつくためには三百六十五倍が経過しないといけないんだって」

「はい?」

「なんだ、それ。どういうことだよ」


 篠宮もなつのも訳が分からなかったが、そうか、と納得したのは高木だ。


「時間にズレはあるが並行してるんだったな。なるほど。じゃあ君――あなたが魔術師か」

「そういうこと」

「え、な、何いきなり意思疎通してるんですか。どういうことですか」

「そのままの意味だろ」

「え、わ、分かんないですけど」

「……篠宮。説明してやれ」

「いや、俺も、そんな、よく分かって無いんですが」

「はあ?」


 高木はうんざりといった顔でため息を吐くと、地面に二本の平行線を描いた。


「これが時間経過とする。右が地球で左がこの世界だ」

「は、はい……」

「俺が消えたのを起点としよう。俺の死亡が一日後だとすると、こっちが追いつくためには三百六十五日過ごさなきゃいけない」

「それは分かりますが、死んだ事実は変わらないでしょう」

「そうだ。だが両世界は交差せず常に平行。そして刻まれた現実は変わらないんだよ。つまり俺が死ぬのは未来の出来事で、その前にこちらへ戻ればその未来は発生しないことになる」


 そうそう、と楪は何故か満足げに頷いている。篠宮もああそうか、と何かを理解し始めたうようだった。

 けれどなつのはそんな難しいことはよく分からない。

 分かるのは、今目の前に高木と矢田がいるということだけだ。


「……つまり、もう大丈夫ってことですよね」

「そうだよ。そういうの先に言ってよ。泣いてばっかりで何も言わないんだもん君」

「そ、それは、だってこんなことできるなんて思ってなくて」

「僕を君の常識で測らないでよね。何千倍生きてると思ってるの」

「何千?」


 何それ、と思わず零したがそれを無視して楪は高木に手を差し伸べた。


「イエダに来て。魔法科学に魔術も取り入れれば更なる拡大ができる」

「あなたがいれば私など必要ないだろう」

「必要だよ。僕は魔術を使えても仕組は分からない。でも君はそれを解析した」

「それは……だが……」


 高木は即答できないようだった。突然の提案に戸惑っているのか、それとも自信を持てなくなってしまっているのか。

 なつのは他k着に声を掛けようと一歩踏み出したが、それを遮るようにわあっと人々が押し寄せて来た。


「高木さんてのはあんたか!」

「は? あ、ああ」

「あんた凄いな! 異世界でインターネット出来ると思わなかったよ!」

「便利よね。食料の共有も平等にできるし」

「遠くに住んでると連絡不便で困ってたんだよ。それも無くなったし」

「それよりも言葉よ。前の魔法アプリも便利だったけど、あんまり正確じゃないから違和感あったのよ」


 地球人もルーヴェンハイト人もわいわいと賑わった。

 まるで芸能人の握手会でも始まったかのように高木の周囲は人で埋め尽くされていく。


「ま、待て。何で私を知っているんだ君らは」

「篠宮が言って回ってたからな。このすげーシステムは全部高木さんのだって」

「篠宮が……?」

「凄いわよねえ。篠宮さんの魔法アプリも高木さんがベース作ったんでしょ?」

「そうですよ。高木さんは地球でも自分が土台になって若手を活躍させてくれた。だから新卒はいつも楽しかった」

「そ、それは」

「あ~、管理職の鏡だな。大体みんな自分の手柄優先だからな」

「ええ。だから高木さんがいなくなった後は悲惨でしたよ。俺も正直辞めたいと思ってました。他にも退職届出してるエンジニアは多かったし」

「え!? そうなんですか!?」

「ああ。それくらい高木さんは俺達エンジニアに必要な人だった」


 高木は目を見開いて震えていた。

 きっとこの言葉は、ずっと高木が欲していた言葉なのだ。


「高木さん。魔法科学開発企業を作りましょう。あなたはもうこの世界に無くてはならない人だ」

「わ、私は」

「おーっと! それはイエダでやってくれよ!」

「きゃあ!」


 なつのを突き飛ばして参入して来たのはルイだ。

 楪と高木の肩を抱き、わははと笑っている。


「イエダにも科学者がいる。けど色々頓挫しててさ。手伝ってくれよ」

「……私にできることがありますか」

「君じゃないとできないんだよ。まったく卑屈だね君は」

「楪様は言葉選んで」


 ルイはにやりと笑みを浮かべ、楪はくすくすといつになく愛らしく笑っている。

 周囲からは連れて行かないでくれ、ズルいぞ、と高木を引き留めルイを非難する声が聴こえてくる。

 高木はぐっと拳を握りしめた。


「……よろしくお願いします」

「ああ」

「よろしくね」


 それから数日。

 高木はルーヴェンハイトの現状把握をしたいと言い、楪とあちこち視察をしていた。

 これにはシウテクトリ生活の長い矢田とルーヴェンハイトに詳しい朝倉も参加し、住民ともコミュニケーションを取りながら過ごしていた。

 ノアは高木をとどめておきたいようだったが、楪の貸出料だと言って結局もぎとられてしまったようだ。

 そしてイエダにも高木の住居が確保できたころ、ついに高木はルーヴェンハイトを離れることになった。


「たまには遊びに来て下さいよ」

「断る」

「そんなこと言わないで下さい。篠宮さん、高木さんのこと大好きなんだから」

「はあ?」

「さ、向坂」

「大好きねえ……」


 ふうん、と高木は目を細めて篠宮をじっと見た。

 そして視線をちらりとなつのに移すと、くっ、と小さく笑った。


「知ってるぞ。篠宮お前ずっと向坂に惚れてたろ」

「……へ?」

「った、高木さん!」

「魔法アプリのごり押し。あれはやりすぎだ」

「ち、ちが、あれは単純に面白いから」

「はいはい。そういうことにしといてやるよ」

「高木さん!」

「ルイ様、楪様。お待たせしました」

「うん。じゃあ行こうか」


 周囲からくすくすと笑う声が聴こえてきた。篠宮は顔を真っ赤にして慌てている。

 高木はひらひらと手を振り、楪がくるんと指を回すとぱっと消えてしまった。

 そしてその場に残されたなつのは、ちらりと篠宮を見上げる。


「……ずっとっていつからですか?」

「いや……それは……」

「ずっとって言うほど長く勤務してるわけじゃないし……」

「あ、そ、そうだ。俺医療団に呼ばれてるんだった」

「あ! ちょっと! 逃げないで下さいよ!」

「また地球人来たらしいぞ」

「篠宮さん! いつからですか!」


 篠宮は答えずわあわあ叫び、なつのは必至に追いかけて行った。

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