第二十八話 事件はある日突然に

 なつのはいつもより一時間は早くに飛び起き鏡台の前に座っていた。


(アップにした方が大人っぽいって葛西先生言ってたよね)


 いつもはおろしていて、こちらにきてからも何だかんだ色々あったので特に気合いを入れていなかった。

 けれど昨日のことがあり、少しくらいは努力してみようと思い始めているのだ。


(アップって言ってもポニーテールは違うよね。パーマも取れてきてるし、結んじゃった方が良いかな)


 なつのがパーマをかけていた理由は惰性だ。

 忙しく毎朝セットするのが面倒だから、パーマをかけておけばそれなりに誤魔化せるという魂胆だ。

 けれどパーマ技術の無いルーヴェンハイトではそれもみっともない状態になってしまった。


(……諒さんに相談してみよっかな)


 ファンが多いだけあって、月城はいつも綺麗な身なりをしている。

 ひとまずポニーテールにして部屋を出ると、その時どんっと誰かにぶつかった。


「わっ!」

「あ、悪い」

「っし、篠宮さん!」

「おはよ」

「……おはようございます」


 前触れもなく現れた篠宮に、しまった、となつのは後頭部を抑えた。

 適当に結んだ似合っているかも定かではないポニーテールを慌てて隠す。


「今日は髪型違うんだな」

「え、いえ、その、し、失敗、しておりまして」

「どれ?」

「ひぇっ!?」


 篠宮に手を掴まれ、ポニーテールの髪が落ち揺れた。

 よく考えれば、なつのは中学高校の時ポニーテールにしていた。つまりこれは子供っぽいのではないだろうか。

 やっぱり止めとけばよかったと焦ったが、篠宮はするっと髪に手を入れ梳いてくる。


「別に失敗じゃないと思うよ。可愛い」

「え!?」

「いつものも好きだけど、これもいいな」

「……篠宮さんはいつも通り素敵ですね」

「どーも」


 精一杯の返しをくすくすと笑われ、悔しくてぷいっとそっぽを向いた。


「そういや何かあったんですか? こんな早くに珍しいですね」

「ああ、そうだった。楪が船着き場で何かするらしい」

「またですか。静かにしててほしいですね」

「全くだ」


 自分のことでいっぱいいっぱいになっていたが、楪の名前で現実に引き戻された。

 昨日の今日で何をすることがあるのか、なつのは面倒に感じた。

 だが面倒がってなどいられなかった。


「シウテクトリ行くけど、君達どうする?」

「え!?」

「ちょっと待ってくれ。今から行くのか? 更地にしに?」

「そうだよ。気になってたみたいだし、一緒に来るなら連れて行ってあげるよ」

「待って下さい! 人が住んでるんですってば!」

「だから一日待ったじゃない」

「い、一日って」

「それにいても数百でしょ? 世界への被害を考えたら仕方ないよ」

「……何言ってんのあんた」

「嫌なら来なくていいよ。いちゃついてれば」


 あのボートを用意して演出までしてくれたのは楪だ。

 そんなことをしてる間に楪は人を殺す算段を立てていたのだ。

 なつのは悔しくなり楪に食い掛った。


「行くわよ! 連れて行って!」

「向坂! 止せ!」

「だって見殺しにするんですよ!? 絶対ダメ!」

「駄目だけどそれより」

「行くんだね。はい、じゃあ行くよ」

「ちょっと待っ」


 篠宮が楪を止めようと手を伸ばした。伸ばしたけれど、それは何の意味もなかった。 


「……え?」


 風景が一変した。それは瞬きすることもなく変わった。

 前触れもなく、電源のオンオフを切り替えただけのようにすぐに変わってしまった。

 ルーヴェンハイトは自然と共に暮らす国だが、ここはやけに直線的な建物が多い。

 それはまるで――


「……地球?」

「違うよ。ここがシウテクトリ」

「え!?」

「やけに暑いな」

「ルーヴェンハイトより南だからね。はい、じゃあやるよ」

「え!? 待っ」


 待って。その三つの文字を言う隙もなかった。

 楪はすっと人差し指を縦に動かすと、ドンッと凄まじい音が響き渡った。


「きゃああ!」

「何だ!?」


 音のした方を振り向くと、そこにあったのは更地だった。

 そこを見ていなかったなつのには建物があったのか人がいたのかすら分からない。

 何も無い。


「……え?」

「じゃあ次街ね」

「ま、待ちなさいよ! せめて避難させてよ!」

「どこに? 言っとくけどイエダには入れないよ。こいつらは加害者だ」

「全員じゃないわよ!」

「全員じゃない証拠は?」

「そ、それは、じゃ、じゃあここのトップ捕まえて吐かせればいいじゃない」

「どこにいるのそれ。僕知らないよ」

「探すわよ!」

「そう? なら首謀者連れて来てよ。僕に絶対服従させるからそれで良しにしてあげる」


 楪はけろりと言ってのけた。

 まるで何も特別なことは発生していないかのようで、人の命を奪うことを何とも思っていないようだった。

 なつのはぎりぎりときつく拳を握りしめた。


「制限時間は一時間。それ以上は強制送還する」

「分かったわ」

「向坂! 止せ!」

「だってこんなの虐殺だわ!」


 なつのは篠宮の引き留める手を振りほどき楪を睨みつけた。


「許さない。絶対に許さない!」

「向坂!」


 引き留められているのは聞こえていた。楪が興味無さそうにため息を吐いているのも分かってた。

 それでもなつのは街に向かって走らずにはいられなかった。

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