第二十七話 覚悟【前編】

「篠宮さん、最近マリアさん見ました?」

「マリア? ああ、そういや見ないな」


(全員を避けてるんだ。まあそうだよね。私見ちゃったし)


 身を隠しているのだから、正体を知られた人間のいる場所へは現れないだろう。

 もしかしたらルーヴェンハイトにはもういないのかもしれない。

 もっと早く探しておくべきだったと後悔するが、ははっと篠宮が笑った。


「見ろよあれ。凄いぞ」


 篠宮に促され見ると、そこにいたのは月城だった。

 マルミューラドほどではないが、皇子達と同等程度には女子が群がっていた。


「うわあ」

「さすが男装の歌姫」

「どこでも人気なんですね、ああいうの」


 なつのはさして芸能人に興味はないが、宝塚の人気ぶりくらいは知っている。

 諒に群がってるのは顔立ちからして日本人女性ばかりだ。きっとこの世界には存在しない娯楽を見出したのだろう。

 モンスターに襲われた怪我などもうすっかり忘れてしまえるほどの盛況ぶりだ。

 しかしそれでふとなつのは思い出した。


(そうだ! 諒さんはアイリスの方と会ってる!)


 なつのがアイリスを見たのはモンスターに襲われた時で、それは月城を助けるためだ。

 当然、月城もアイリスと会っている。

 それが何に繋がるわけでもないが、アイリスがいる証言は得られる。

 ファンの女性陣には悪いが話を話しをしに行こうとしたが、ひらひらと何かが降って来た。


「これ……」

「花だ」


 ふわふわと花が舞い落ちてきた。

 手に取ろうと思ったけれど、それは幻のように手のひらをすり抜けていく。


「え? CG?」

「違う。ほら、あれ」


 篠宮が見ているのはシャンデリアだ。シャンデリアには楪が腰かけている。

 もはやどこにいても驚きはしない。


「フロア全体に天井から降ってる。これも楪の魔術か」

「こんなこともできるんですね……」

「きざな演出するな、意外と」

「確かに」


 まるでパーティには興味がないような雰囲気だったが、これだけの準備と演出をしてくれるというのは随分と優しいものだ。


(そういえば楪様が難民をほいほい連れて来るってルイ様言ってたっけ。だからノア様に協力する)


 心底興味がないのならこんなことはしないし難民など放っておくだろう。

 可愛げはないが、本当は誰よりも優しいのかもしれない。

 そう思った時ふいに耳元が温かくなった。


『暇つぶしできるプレゼント用意したから海へ行ってみなよ』

「え!? 声!?」

「楪の声か? けどあいつ」


 二人でシャンデリアを見上げると、まだ優雅に座り花を振りまいている。


「もしやテレパシー的な?」

「何でもありだな……」


 森を消し飛ばした時はとても恐ろしく感じた。けれどこう見れば無邪気な子供のようにも見える。


(純真無垢とは言わないけど、話せば分かってくれるかも)


 彼らにとって地球人は異物で虐げられても仕方ないかもしれないのに、こうして歓迎してくれる。血も涙もない相手ではないのだ。


(マリアさんのことも相談すれば好転するかもしれない。やっぱりちゃんと話をしよう)


 シャンデリアに飛びつくことはできないけれど、呼び掛けるくらいはしようと二階へ向かおうと思ったが、それに気付いたのか楪はまた姿を消した。


「あ! 逃げた!」

「落ち着け。パーティが終わったらゆっくり話そう。それよりプレゼントって何だ?」

「ああ、海でしたっけ」

「何か出したのかもな。行ってみるか」


 篠宮に連れられ海へ向かうと、やはり大きな船がある。もしやこれも触れない幻影かとも思ったがちゃんと存在する。

 不思議でたまらないが、目についたのは船の傍に置いてあるものだった。


「ボート? ボートですよね、あれ」

「プレゼントってこれか? えらい少女趣味だけど」


 白いボートには薄くやわらかな生地を用いた天蓋が付いている。線の細い黄金の装飾にちりばめられた宝石はとても美しい。

 まるでお姫様がプライベートで使う遊覧船のような印象だ。


「可愛い! 乗りたい! 乗りましょうよ!」

「はいはい」

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