第二十二話 嘘

 なつのはひどい頭痛がして目を覚ました。横になっているのにくらくらと目が回る。


(……あれ? どうしたんだっけ)


 何が起きたか分からず起きようとしたが、それはできなかった。

 両手を背の後ろで縛られ、足もぎっちりと縛られている。


「な、何で縛られてるの」

「念のためだよ」

「は!?」

「やあ」

「イリヤ様にキール様……?」


 声をした方を見ると、そこにはソファで優雅にティーカップを傾けるイリヤとキールがいた。

 みのむしのように転がる女性を前にしてすることではない。


「……これあなた達がやったの? 念のためってどういう意味よ」

「うん。君に聞きたいことがあるんだ」

「なら普通に声かければいいでしょう! 何で縛る必要あるのよ!」

「念のためだとイリヤ様がおっしゃっただろう。頭の悪い娘だ」

「あんたそれしか言えないの?」


 こんな時でも淡々と嫌味を言うその根性はいっそ尊敬する。

 しかしイリヤの決定にしたがうだけならキールに聞いても無駄ということだ。

 なつのはぎろりとイリヤを睨んだ。


「解いて」

「質問に答えたら解いてあげるよ。ノアとマルミューラドは何をしてるんだい?」

「地球に帰る方法探しですよ」

「それは君達がやっていることだよね」

「協力してくれてるんですよ」

「違うでしょ。取引したはずだよ。双方協力し合う取引を」

「あ……」


 ノアとマルミューラドの目的はヴァーレンハイト皇国国民の救済だ。

 その経過でヴァーレンハイトの皇王を討つことになり、そのためにアイリス皇女を確保したい。

 これが二人の一連だが、戦争にも匹敵するその行動に加担することはしたくない――というのがなつのの状況だ。

 しかし戦争は国家規模のことのはずだ。それを第一、第二皇子が知らないというのは妙に思えた。


(言っていいのかな。でもノア様があえて隠してるなら私が言うのもなんか……)


 考え込むなつのを見てイリヤはくすっと笑った。


「ノアが地球に帰る方法を探すのは駄目だと思うんだよね」

「何でですか」

「筋が通ってないからさ。地球の科学を恐れるくせに科学で武器を作らせる。矛盾してるだろう?」

「それはヴァーレンハイトが襲って来るからじゃないですか」

「襲ってこないよ。ヴァーレンハイトとは和平条約を締結してるんだから」

「え?」

「僕らはヴァーレンハイトから地球人難民を受け入れ、地球人の開発した魔法道具を提供する。これが守られるうちはヴァーレンハイトはルーヴェンハイトを守るという条約が結ばれているんだ」

「ま、守る? 侵略の間違いじゃないんですか」

「ないよ。争いを起こそうとしてるのはノアとマルミューラドだけ」

「え、でも……」

「困るんだよねえ。僕がどれだけ苦労して和平条約を締結したと思ってるの」


 なつのの認識ではヴァーレンハイト皇王は圧政を敷き国民を困窮させる悪者だった。

 だがイリヤの言うことが本当なら――


「ノアは君らに罪を着せる気だよ」

「……どう、して」

「だって皇王が死んだら当然犯人捜しになる。凶器が地球の科学で作られた武器なら犯人はノアではありえない。武器を作った者が犯人だよ」

「それに和平条約を締結してる以上、ヴァーレンハイトに攻め込む理由がない」


 びくりとなつのは震えた。

 ノアは最初に強力な魔法アプリを求めた。だがなつのも篠宮も、原始的な罠で良いだろうと結論付けた。


「そ、そんな、そんなはず……」

「ないって? じゃあどうして皇王を悪人にする必要あるの。何もしてないのに」

「こ、国民が、水不足で死にそうって」

「まあそうだね。けど何でそこにノアが足突っ込むんだい?」

「国民を想ってのことでしょ」

「どこの? ノアはヴァーレンハイトを憎むルーヴェンハイトの皇子だ。あっちの国民を想う理由が無いじゃないか」

「死にそうな人たちを放っておけないって優しさよ」

「じゃあ何で秘密裏に動くんだい? 僕がこの計画を知らなければルーヴェンハイトを守れないじゃないか。ヴァーレンハイト国民を助けるためならルーヴェンハイト国民は死んでもいいのかい?」


(え? 何? 何これ)


「どうもノアは嘘が多い。何故従うんだい、君達は」

「だ、だって、魔法と魔術を調べたいから」

「ならヴァーレンハイトかイエダに行くべきだ。ルーヴェンハイトは最も魔法から遠い国」

「行く方法無いじゃない」

「あるよ。ヴァーレンハイトに船借りればいいんだから」

「……え? 借りれるの?」

「借りれるよ、僕はね。実際借りて外交に回る。真実優しいのならそれを教えるべきだ」


(船があるならルイ様に強力を求める必要はない。ノア様だってルイ様を警戒してたのに、それでもルイ様を選んだ。何で? どうして?)


「ノアは何か企んでる。君らは利用されている」


 なつのはびくりと、先程より大きく震えた。

 ここで衣食住を与え生活を守ってくれたのはノアだ。全ての地球人がノアに守られている。だからなつの達もノアを信じた。


「利用する価値なんて私にはないわ」

「君はね。でも篠宮ならどうかな」

「あ……!」

「君は彼に対する人質になる。どうやらとても大切にしてるようだし」

「まさか、そんな、嘘よ。そんな人じゃないわ」

「じゃあ試してみようか」

「な、何を」

「ノアが君を助けるかどうかを。優しいノア様なら助けるだろう」

「……え?」


 ぐいとキールに捕まれ口に何かを詰め込まれ、すかさず布で口を塞がれた。頭のうしろでぎっちりと締め上げられ口を開けることができない。

 そして、じゅるりと何かがしたたり落ちた。


(こ、これ、リナリア!?)


 それはつい先日ひと口食べて死にかけたリナリアだった。

 飲み込んではいけないと慌てるが、顎を掴まれ強制的に上を向かされる。するとごくりとリナリアはなつのの喉を通っていった。


「んぐっ!」

「あ、僕は君が死んでも困らないから」

「んんっ!」

「さてと。じゃあノアのところに行ってくるよ。頑張ってね」

「んー!!」


 じわりと全身の血が沸騰し始めていた。

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