第十五話 発見【後編】

 あれだけ夢だった魔法アプリへの意欲がそがれ、なつのはもう一つ気になることを解決しに向かった。

 図書室を出てすぐに立ち話をしていたメイドに話しかける。


「え? マリアさんいないんですか?」

「ええ。ノア様と会議詰め」

「ノア様と?」


 マリアはきっとアイリス皇女だ。

 ノアとルイ、二人の皇子だけでなく皇王と魔術師までもが躍起になって探す皇女。

 それがこんな近くにいるなら追求しないわけにはいかない。


「会議って何のですか?」

「外交よ。ヴァーレンハイトでまた魔法使えない人が見つかったんですって」

「その人達を連れて来るってことですか」

「そう。色々あるみたいよ」

「何でマリアさんも出てるんですか? 普通国の偉い人だけですよね」

「さあ。でもよく呼ばれてるわ」

「へえ……」


 それはとても違和感を感じた。

 国交に一市民を連れて行ったりしないだろう。

 連れて行くとしたら外交に役立つからだ。


(ノア様はマリアさんがアイリス皇女だって知ってて利用してるとか? イエダに魔術師がいるなら味方につけておきたいだろうし)


 アイリス皇女にどんな価値があるかは分からないが、その行方を餌にルイを連れ回すことはできるかもしれない。

 まずヴァーレンハイトを討ち、その後しれっと姿を現せば良いだけだ。

 しかしそこまでするならマリアにも何かしらの理由があるはずだ。

 祖国ヴァーレンハイトと父親から逃げてルーヴェンハイトにいなくてはならない何かが。


「あの、マリアさんていつルーヴェンハイトに来たんですか?」

「生まれてすぐじゃないかしら。ヴァーレンハイト生まれなのよ」

「あれだけ可愛いなら皇子のお嫁さんくらいなれたかもね。もったいない」

「魔法使えないならしょうがないわよ」

「その魔法使えるかどうかってどうやって判断するんですか? 見れば『魔法使えない人だ』って分かるんですか?」

「分からないわよ。審査員の前で魔法使って見せるのよ」

「へえ……」

 

(自己申告ってこと? じゃあヴァーレンハイトから逃げたい人は『使えません』って言えばいいだけじゃない)


「あ、でも魔力持ち同士なら分かるのかもしれないわよ」

「そうなんですか?」

「多分よ、多分。あと髪色もそうじゃないかと思うのよね」

「髪?」

「ヴァーレンハイトって赤毛ばっかりなんだって。赤いほど強い魔法が使える証拠って話もあるよ」


 アイリスと思しきあの少女は確かに真っ赤な髪をしていた。

 燃えるような紅い髪とはまさしくだ。


「ヴァーレンハイトのこと知りたいなら図書室にも資料あるよ」

「本当ですか!?」

「うん。一番奥の棚の隅っこにちょっとだけ。歴史書ばっかだけどね」

「有難うございます!」


 即座に図書室へ駆け込むと、篠宮と朝倉、それに葛西もが参加して楽しそうに話をしている。

 聞こえて来る単語はこの元素がどうだの文字にするとこうだのと難しい話をしていて、なつのにはちっとも分からない。

 分かりたいとも思えなくて、教えられた本棚へと向かった。


「えーっと。あ、これかな」


 背表紙にスマホを向けて翻訳して回ると、ヴァーレンハイト史という単語が出てきた。

 だが一冊が辞書並みの分厚さで、それが十数冊もある。ちょっとしかないと言っていたが、分量は相当ある。

 がくりと肩を落とし、けれど改めて気合いを入れ直す。

 とりあえず一冊だけ持って篠宮たちからは離れた場所に席を取った。


 そして三十分後


「……んあ~!!!」


 早々に挫けていた。

 元々本を読むのは得意じゃないというのに、小さな文字がびっちり並んでいるだけでいらついてくる。

 すると、本棚の向こう側から篠宮がひょいと顔を出してきた。


「向坂? 何叫んでんだ」

「あ、すいません」

「いいけど。具合でも悪いのか?」

「いえ。文字にやられてただけです。大丈夫」

「そうか? 無理するなよ」

「はーい」


 篠宮は面倒見の良い上司だ。新卒教育なんて面倒臭いと言うわりに、各自が何をしているかを把握している。

 行き詰っていればさっとやって来てアドバイスをして去っていく。

 職種が違うなつのの企画書チェックもやってくれて、エンジニアたちに褒められるようになったのもそれからだった。

 なつのが勤めていた会社の上層部はエンジニアが多かった。バックオフィスも半数以上が元エンジニアで、経営の根幹がエンジニア気質なのだ。

 だからエンジニアを乗せられれば賛同を得やすい。エンジニアの携わらない領域で興味を持たせることができれば勝ったも同然だ。


(……篠宮さんがやらないことやろう。うん)


 それは適材適所と言えば聞こえは良いが、結局のところ篠宮たちの話を聞きたくないだけだった。

 けれど歴史書が多いからには歴史書にヒントがあるかもしれないと思うのも嘘ではない。

 なつのはもう一度気合いを入れて本を読み続けた。

 そうして読み続けているといつの間にか外は暗くなっていた。


「向坂。飯食いにいくぞ」

「え? あ、もうそんな時間ですか」

「うちの店で飲もうって話してるんだけど、向坂さんどうする?」

「んー……」


 きっと開発がどうこうという話になるだろう。

 朝倉はディレクター職にはいるがなつのとは少し違う。ディレクターの企画書をエンジニアが開発するための設計書を作るという、ディレクターとエンジニアの間に立つようなポジションだ。

 上司ではないが、エンジニア優位だった社内ではなつのたちディレクター陣より一歩上だ。

 篠宮のチームだったのでほぼ篠宮専属アシスタントで、なつのにとって親しくできる相手ではなかった。


「止めとく。ちょっと疲れちゃって」

「根詰めすぎだぞ。そんな焦る必要無い」

「はい。きりの良いとこまで読んだらもう寝ます」

「そう? 無理しないでね」

「うん。有難う」


 篠宮は心配そうにしてくれていたが、なつのは気付かないふりをして本に視線を戻した。

 ひたすら読み続け、半分ほどまで読み終わったところでなつのは思い切りため息を吐いた。


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