第十三話 種のない手品の種探し

 突如現れ消えたイエダの皇太子ルイは戻ってくることは無かった。

 何をしに来たのかもよく分からないが、ノアはああいう奴なんだよ、と笑っていた。

 だが篠宮は頼って良いか迷うようで、なつのもこれには同意見だった。

 しかしそれ以上に気になっているのは失踪したアイリス皇女についてだった。思い出されるのは窮地を救ってくれたマリアと同じ火傷痕を持つ少女の姿だ。


(マリアさんがアイリス皇女なら、魔法で姿を変えてるのかな)


 この世界の魔法は自然現象に限られる。変身などできないだろう。

 けれど瞬間移動や世界間移動が可能な魔術であれば不可能ではないように思えた。


(となるとアイリス皇女は魔術師だよね。魔法よりずっと強力な――……あ、もしかして皇王は魔術を利用したいのかな。だから必死に探すわけで。失踪は皇王に利用されたくないからかもしれない。そうだ、きっとそう)


「おい!」

「うひゃっ!」


 悶々と考えていると、背後から大声で怒鳴られ竦み上がった。

 そろりと顔をあげると、そこには篠宮がじとっとした目で睨んでいた。


「お、驚かさないで下さいよ」

「ぼけっとしてるからだろ。何か思いついたか?」

「あー、うーんと」


 ルイとアイリスの話で頭がいっぱいになっていたが、目下やることは魔法武器を作ることだった。

 誰を信じるかは迷うところだが、やれることだけはやっておこう――というのが篠宮の方針だ。

 だが誰でも簡単に出来ることというのは難しい。それこそ銃くらいの物でなくてはいけないだろう。けれどそんな技術はなつのにも篠宮にもない。

 しかし、はたとなつのは思い立った。


「そっか。別に魔法アプリじゃなくてもいいんだ」

「何がだ?」

「武器ですよ。武器は何であれ勝てば良いんです。篠宮さんも海で戦えば良いって言ってたじゃないですか!」

「武器じゃなくて戦略を練るってことか?」

「そんな難しいことでもなくて。例えば水風船とか。もしあっちの武器が銃火器なら水かければ使えなくなりますよ。油縫った網被せて火使えないようにするとか」

「……頭いいなお前」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃない。柔軟な発想は評価すべき技術だ。俺はできることから考えがちだし」

「そう、ですかね……」


 思ったことをぺろっと言っただけだっただけに、褒められるのは気恥ずかしかった。

 うろうろと目を泳がせると、篠宮はくすりと笑ってぽんぽんと頭を撫でてきた。


「その調子で頼むよ」

「は、はい」

「原始的なことも考えてみるか。意表を突ければそれでいい」

「あ、それなら魔術が気になります」

「それは魔法と同じことだろ」

「ジャンルはそうですけど、モノは全然違いますよ。だって瞬間移動って自然現象じゃないですし」

「あー。手品みたいだよな。種のない手品」

「もはや手品じゃないですよそれは」

「ぽいなって話。手品は『絶対に不可能なこと』をやるだろ。でもここの魔法は自然現象っていう『実際に起きてること』だ」

「ああ、なるほど。となると魔術は魔力を使わないのかもしれないですね」

「そりゃもう別の人種じゃないか? 魔力は体内に存在するものだぞ」

「人類創世レベルじゃないですか。そんなのこの世界の歴史掘り返さないと――……」


 歴史、と言ってふと思い出した。

 全てを見たわけではないが、ここの本は歴史書が多い。そればかりだと言っても良いくらいだ。

 篠宮も気付いたのか、その視線は本棚に向けられている。


「この異様な多さ、秘密ある気するよな」

「クサいですね」

「よし、調べよう。片っ端から見てくぞ」

「片っ端!?」

「どれに書いてあるかアタリつくか?」

「イイエ……」


 せっかく読書から脱することが出来たと思ったのにまた振り出しに戻ってしまった。

 これはさすがにぐったりとしたが、それでもなつのは本を手に取った。

 以前までなら挫折していたかもしれない。けれどもう知ってしまったのだ。


『実験台が奴隷の二択だからだよ。まともな生活は送れない』


 理不尽に殺される人がいる。それもただの好奇心でだ。

 正義があれば良いわけではないが、これは絶対に許されない。


(止めさせなきゃ。絶対だめ)


 地道にコツコツ単純作業を続けるのは嫌いだ。

 平和な場所で楽しいことだけを考えていたいし、魔法という夢に浸り遊んでいたい。

 それでもなつのはロシア語で綴られた本を開いた。

 他国の言語が分からないことを歯がゆく思ったのは初めてだった。


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