第十一話 新たな国【後編】

「分かった! 瞬間移動だ!」

「は?」

「瞬間移動魔法見つけてそれを道具にするんですよ! そしたら」

「却下」


 瞬間移動はまさに夢の魔法だ。

 なつのは自信満々に叫んだが、すぱっと篠宮に切って捨てられ肩を落とす。


「何でですか。面白いじゃないですか」

「安全性の検証ができない。こっちから地球へ移動したらどうなるんだっけ?」

「あ……」

「おそらくタイムラグは無いだろう。けど安全確認には人体実験が必要だ。そんなことはできない」

「……そう、ですね」


 試しに火をつけるのとは違う。

 それでもやるなら、最低限成功した事例がなくては着手はできない。

 へにょりとなつのは項垂れたが、その時背後から声がした。


「イエダ」

「ん?」

「マリアさん!?」


 そこにいたのはマリアだった。

 ここしばらく姿を見ていなかったが、心なしかやつれているように見える。

 けれどマリアは毅然と篠宮と向き合った。


「イエダという国に瞬間移動のできる人がいます。その方に頼めばあるいは」

「本当か。どこだ、それは」

「分かりません」

「は?」

「不可侵の聖都『イエダ=スタイリーツア』。どこにあるのか誰も知らない、地図に示されない謎の国」

「何だそりゃ」


 マリアはちらりとノアを見た。

 ノアは嫌そうな顔をして大きなため息を吐いている。


「ったく。どのみちそうなるんだよな」

「どういうことだよ」

「……付いて来い」


 何も説明はなく、ノアはどこかへ向かって歩き出した。

 しかし何故か途中でスイカくらいある黄色い果物を買った。歩きながら食べる大きさではない。


「お腹空いたならもっと別のにしたらどうです?」

「違うよ。使うんだ」

「何にです?」

「安全確認だよ」

「はあ……」


 意味は分からなかったが、ノアはそれを持ったまま歩き続けた。

 城とは反対方向に向かい森へ入り、歩くこと十数分。突き当たった土壁はぽっかりと口が開いていた。

 どうやら洞窟のようで、大きくはないが立って歩ける広さはある。

 ノアは迷わず入って行くと、次第に壁は整い明らかに人の手で整備されているのが分かった。そのまま数分歩くと広い部屋に出たが、一見すると神社のような印象だった。


「急に日本風になった」

「本当。あ、鳥居まである。お参りします?」

「駄目だ、近付くな」

「え? 何で?」


 ノアは買ってきた果物を鳥居へ投げ込んだ。

 するとそれは向こう側へ着地はせず、バチバチと激しい音を立てた。

 数秒もすると粉々にはじけて、周囲にびちゃびちゃと飛び散った。


「きゃっ!」

「これがイエダの入り口だ。これをくぐれば行けるらしい」

「らしいってなんだよ」

「分からないんだよ。世界中に設置されてるが誰も突破できない。で、俺が船を借りようとしてんのがこのイエダだ」

「どうやって交渉するんだ。行けないじゃないか」

「毎月十日に来るんだよ。ここからにゅっと。その時に話をする」

「十日? 何しに」

「外交だよ。あちらさんもヴァーレンハイトには手を焼いてるんだ」

「じゃあ味方!?」

「同盟ってとこかな。常に味方とは限らない」

「けど今は味方なんですよね。じゃあ瞬間移動させてもらいましょうよ」

「……どうだかな」

「駄目なんですか?」

「ナツノも今言ったろ。こんな事が出来る国に手を借りていいか」

「他に当てが欲しいのはそういうことか」

「ああ。さすがに慎重になる」


 ノアはふうと息を吐いた。

 確かに侵入を防ぐ目的としても、なんとも恐ろしい結界だ。それを平然とやってのける人間性には疑問を感じる。

 けれど、その時だった。


「酷いな。長い付き合いだってのに」

「え?」


 突如若い男の声がした。この場にはいない誰かの声だ。

 なつのはきょろきょろと周囲を見回すが誰もいない。

 なんだろうと首を傾げたが、再び鳥居からバチバチと激しい音が聴こえてきた。


「きゃあっ!」

「向坂!」


 静電気が走る。肌がピリピリと痛い。

 篠宮に抱きかかえられ、ようやく音が静まりそっと目を開けた。

 するとそこには黒髪の男が立っていた。今さっきまでいなかったのに、そこには確かに男がいた。


「……瞬間移動?」

「そのとーり♪」


 男はにやりと軽そうな笑みを浮かべているが、立ち姿には威厳を感じた。

 アオザイのような形状をした軽やかな服装だが、その生地はいかにも高級そうだ。

 確実に高い地位についていることが分かる。


「ノア。こいつまさか」

「……イエダの皇太子、ルイ=スタイリーツアだ」

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