第四話 魔法ならざる魔法【後編】

「え? じゃああの人、こっちの人ですか?」

「いや。『助けてくれ』って日本語だった。顔からしても日本人だろう」

「……え? あの、それって、こっちから地球へ移動したら死ぬってことですか?」


 しんと静まり返った。

 戻れるか否かは考えていたが、生きるか死ぬかの選択肢があるとは思ってもいなかった。


「で、でも、何でですか。僕ら生きてますよ」

「そうだよね。必ずしも死ぬわけじゃないんだよ」

「ああ。おそらく地球からここへ来る分には問題無い。ルーヴェンハイト人が地球へ行くのも。問題は地球人が地球へ帰る時だ。月城さんの言ってた事覚えてるか」

「一日が一年ってやつですか?」

「そうだ。地球人は異なる二つの時間軸に存在してしまった。地球に戻るとこの世界で成長した分が巻き戻るなら、そのひずみに肉体は付いていけない」


 なつのの脳内にばきんと骨の折れる音がリアルに思い出された。

 もしあれが自分にも起こりうるのかと思うとぞっとする。あんな風になるくらいなら――


「……帰りたくないんですけど」

「俺も。けど研究はしよう。原理が分かれば手が打てるかもしれない」

「現存する魔法の情報がないのに?」

「ヴァーレンハイトに行くしかない。行く方法はないですか」

「皆無ではありませんわ。でも」


 マリアはすっと立ち上がると、何を考えているのか急に服を脱ぎ始めた。


「ちょ、ちょっと!」


 上半身だけ脱ぐと、長い髪を身体の前に持って背を見せた。

 するとその背は大きな火傷の痕がある。その他は白く滑らかだというのに、そこだけは引きつり赤黒く染まっていた。


「そ、それ……」

「皇王陛下の操る火炎魔法はすさまじく、逆らわぬ国と人は全て塵と化した。陛下の定めは絶対なのです」


 マリアは顔だけ振り返り、針を突き立てるような眼差しを向けて来る。


「命を掛ける覚悟はおありですか」


 痛烈な眼光に気圧されてなつのはたじろいだ。

 けれど篠宮は冷静で、ジャケットを脱ぐとマリアの肩に羽織らせる。


「命なんざ掛ける必要はない」

「何も知らないからそんなことが言えるのです。陛下の魔法はとても強大なのです」

「いや。そいつの火炎は魔法じゃない」

「……どういうことです」

「魔力珠は血中にある。なら魔力量は必ず血液量より少ないってことになる。けど魔力珠一つじゃ焚火を保つので精いっぱいだ。数百集まったって人を塵にする『火炎』を起こす燃料には足りない」

「火葬って千度前後で一時間ですもんね」

「そうだ。魔法ではありえない。絶対に科学的補助が必要だ」

「ですがこの世界にはあなた方のような技術はありません」

「そうだ。だが地球にはある」


 なつのはぴんっと思い立ち立ち上がった。


「ヴァーレンハイトにも地球人がいる!」

「そういうこと」

「そっか。火炎放射器が作れたらこの世界にとっては『魔法』だ」

「相手が機械なら対策は簡単だ。水ぶっかけりゃいい」

「防水加工してるかもしれないですよ」

「この世界でか? ありえないだろ。地球だって機械は水濡れ禁止だってのに」

「そうですよね。燃えるだけなら海沿いに活動拠点を作って避難訓練しておけば大丈夫だし」


 三人は顔を見合わせにやりと笑った。

 魔法は科学だ。この世界で可能な科学はたかがしれている。

 恐れるほどのものは無い。


「皇王を引きずり出そう」


 篠宮は自信ありげにニッと笑った。

 不謹慎かもしれないが、なつのもわくわくしてきてしまう。


「ノアがヴァーレンハイトに行く算段付けたらすぐ動けるようにしておくか」

「水を持ち歩く方法がいりますね。あと避難訓練はマニュアルにしたいな」

「はいっ! 会社の災害時マニュアルがスマホに入ってる!」

「さすが。それのこっち版作って準備しよう」


 朝倉もあれをやろうこれはどうだろうと喋り出し、取るべき行動がどんどん現実的になっていく。

 けれどその後ろでマリアはじっとなつの達を睨んでいた。


「心配ですか?」

「……お好きにどうぞ。私は助けませんから」


 マリアはつんっと踵を返し小屋を出て行った。

 そっけない態度に何か言ってやろうかと思ったけれど、不意に見たその目には涙が浮かんでいて声を掛けることはできなかった。

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