第三話 タイムラグ【後編】

 広場中央の舞台では一人の線の細い男性が歌いながら踊っていた。顔立ちからするに日本人だろう。

 魔法らしい演出は何も無いが、中性的で整った顔には心惹かれるものがある。


「すごーい! かっこいい!」

「あれ女の人だよ。男装の歌姫」

「え!? そうなの!?」

「うん。宝塚みたいだって日本人女性に大人気」


 しばらくステージが続き、終わった途端に女性客は男装の歌姫に駆け寄った。プレゼントや花を渡す者もいて、まるで芸能人のお渡し会だ。

 この世界にも娯楽はあるかもしれないが、やはり見慣れた娯楽の方が素直に受け入れられる。

 なつのも話してみたいと思い始めたが、ふいに男装の歌姫はファンに謝りながら道を開けてもらってこちらへ向かってきた。


「え、こっち来る」

「律、知り合いなのか?」

「知らないです」


 けれど男装の歌姫は迷うことなくなつの達の前にやってきた。

 彼女が視線を向けている相手は――


「お久しぶりです、篠宮さん」

「俺? 誰だあんた」

「はは。インタビューでお会いした時はまだ十七歳でしたからね。月城諒です。覚えてませんか」

「月城諒?」


 その名前は聞き覚えがあった。


『月城諒ってうちのアプリのCMやってたよね』


「あ! 男と失踪したアイドル!」

「してませんよ。こちらに来てしまったから失踪扱いだったんですね」

「いや、けどインタビューは一ヶ月前だ。あんた俺と同じくらいじゃないか」


 月城諒は十七歳の女性アイドルだ。

 ツインテールの不思議ちゃんキャラで、篠宮が考案したアプリのCMに出演をしてくれていた。

 その関係で篠宮と対談して広報を打っていたのはなつのの記憶にも新しい。間違いなく十七歳だった。

 なつの達は混乱したが、月城はくすっと笑った。


「まだ知らないんですね。地球の一日はこちらの一年。私はこっちに来て十年経ちました」

「「「え?」」」

「地球じゃ私の失踪は十日前だと思いますよ、多分」

「時間軸がズレてるってことか? どういうことだ」

「原理は分かりません。私が来て判明したんですよ。複数の日本人が同時に知ってる人間てそういないでしょう」

「じゃあ朝倉君はこっち来てどれくらい? 退職は確か二、三日前だよ」

「二年くらいは経ってる……」

「どうりでこっちの世界に手慣れてると思った。そうなんだ……」


 こちらに来て朝倉にあれこれと教えてもらったが、数日でよくそこまで知ったものだと思っていた。

 だがそうではない。よく知ることができるほどの月日が経っていたのだ。


「タイムラグにしちゃあ派手だな。あんたはずっとルーヴェンハイトで生活してるのか?」

「そうですよ。ルーヴェンハイト内を巡業するんですけど、一周するには馬車で半年ってとこです」

「半年? 随分小さいな」

「日本より少し狭いくらいじゃないかな。文化はどこもロシア風ですけど、天才と名高い篠宮さんがいるなら変わるかもしれない」

「何がだ?」


 月城はすっと目を伏せると、ぎゅっと拳を握り篠宮を見つめた。


「……地球へ戻るアプリは作れるでしょうか」

「現時点無理だ。世界間移動魔法が見つからない限り」

「探します!」

「うわっ」


 月城は目を見開き、飛び掛かるように篠宮の手を掴んだ。

 余りの勢いに篠宮も後ずさる。


「私も探します! できることがあれば何でもお手伝いします! だから、だから……!」


(帰りたいんだ……)


 もう十年経ったと言っていた。

 なつのは十年前自分がどこで何をしていたかなんて覚えていない。

 もし幼少期にこちらへ来ていたら自分が地球人であることなど覚えてもいないかもしれない。

 それでも帰りたいという強い気持ちは、頬を伝う涙が物語っていた。


「じゃあちょっと教えてくれるか。知りたいことがあるんだ」

「はい! なんでも!」

「助かる。お前ら先に戻っててくれ」

「はあ」


 篠宮は月城を連れどこかへ向かって行った。

 遠ざかるにつれ会話は聞こえなくなってしまうが、少しずつ月城が笑顔になって行くのは見える。

 月城の中性的で美しい容姿は、イケメンで名高い篠宮に並んでも劣らない。

 そんなことはなつのには関係無いけれど、見送るしかできないことは何となく面白くなかった。

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