第二話 翻訳魔法アプリ、リリース!【前編】

 ルーヴェンハイトにやって来た地球人は城に部屋を与えられる。

 そのまま城内の仕事に就いたり自立して外に家を持つ者もいるようで、朝倉は居酒屋に住み込みで働いているらしい。

 なつのと篠宮はひとまず城に部屋を貰って生活を始めることとなった。やはりなつのは不安だったが、篠宮と朝倉がいるので心に余裕が持てていた。

 それは篠宮と朝倉以外にもなつののテンションを上げる物が多かったからだ。


「じゃじゃーん!」

「あ、可愛いね」


 なつのはくるりと回って着ている服を見せた。

 それは血まみれになった地球の服ではなく、ここで貰ったルーヴェンハイト城の制服だ。

 ワインレッドで縁取られた白いロングジャケットとスカートで、黄金の刺繍はどこか民族的だ。インナーもワインレッドだが、きっちりした装飾は軍服のような雰囲気もある。


「セットでケープとマントもあるんだけど邪魔だから取っちゃった」

「分かる。僕も最初貰ったけど、堅苦しいし似合わないから私服揃えた。でも篠宮さんはさすが似合ってますね」

「舞台衣装みたいで落ち着かないな」


 篠宮が着ているのは男性の制服だ。

 デザインは女性と対になっているが軍服の印象がより強い。


「やっぱイケメンは違いますね」

「それは遠回しに僕の顔面偏差値が低いって言ってる?」

「言ってないよ。篠宮さんが規格外なの」

「まあ分かるけどさ……」

「そんなことより、ここやっぱりロシアっぽいよな」

「そうなんですか?」

「ああ。律の服もだけど、特に女性。しっかりロシアの民族衣装だ」

「どれどれ」


 篠宮が立っている窓からなつのもひょいと外を見ると、行き交う人々は変わった服を着ている。

 ロシアの民族衣装について詳しくは知らないが、そう言われるとロシア風に見えてきた。


「僕はロシアと思ってます。言葉もロシア語なんですよ、ここ」

「えっ。そうなの?」

「はい。誰かと話してみましょうか」


 朝倉に連れられてホールへ行くと、メイド服の女性がせわしなく働いている。

 一体何の仕事があるのかは分からないが、結構な人数がいるようだった。


「朝倉君ロシア語話せるの?」

「話せないよ。だから代わりに話してもらうんだ」


 メイドの一人を呼び止めると、朝倉はおもむろにスマートフォンを取り出した。

 慣れた手つきで何かのアプリを立ち上げメイドに話しかける。


「新しく来た人です。篠宮要さんと、向坂なつのさん」

「聞いてるわ。私はアクリーナよ。よろしくね」

「朝倉君、そのアプリって」

「翻訳アプリだよ。魔力珠で充電したスマホで翻訳アプリを起動すると自動翻訳してくれるんだ」

「うっそ」


 朝倉の手元を見ると、確かに翻訳アプリが動いている。

 ほんのりとモニターから淡く光が零れていて、これが魔法であることを知らしめている。

 アクリーナは驚くこともなく、平然と仕事へ戻って行った。


「という感じで」

「魔法に驚けばいいのかスマホに驚けばいいのかもう分からなくなってきた」

「でも助かるよね。向坂さん翻訳アプリ入ってる?」

「もちろん」


 なつのは腰に下げていた鞄からスマートフォンを取り出した。

 それはいつも持ち歩いていた私物と会社支給の仕事用と、デバッグのために持っていた物だ。

 モバイルバッテリーも各種揃っていて、ソーラータイプや電池式など色々ある。


「何でこんな持ってんだ」

「趣味で職業病ですね。朝倉君は?」

「同じく職業病」


 朝倉の鞄の中にもスマホが数台入っていた。

 なつのに負けず劣らずの装備だ。


「持ちすぎ」

「デバッグ中だったんだよ。篠宮さんはありますか?」

「ああ。俺もプライベート用とデバッグの一台」

「二台とはまた少ないですね」

「普通だろ」


 デバッグは大量の端末で行う。

 キャリアごとに異なる決済方法が動くかを試すため、これだけで数台が必要だ。さらに機種によって動作確認もし、そのサービスの推奨端末は片っ端からデバッグをする。

 だから人員も時間も必要だが、そんな時に退職が相次いだため残されたメンバーはデバッグに追われてしまったのだ。


「しかしなんでロシアなんだ?」

「分かりませんけど、地球と表裏一体なんだと思います。なんたって十進法でアラビア数字なんですよ、ここ。しかも一週七日制」

「え……異世界感ゼロ……」

「ふうん。緯度経度は狂ってるな。俺達はオフィスにいたんだ」

「ここがロシアと仮定すればそうですね」


 慣れた制度で過ごせることが有難いような夢が壊れたような複雑な気持ちだ。

 その時、わいわいと大勢のメイドや執事のような男性達が集まってきた。どうやらアクリーナが紹介しようと連れて来てくれたらしい。

 けれど会話はロシア語で、その都度スマホを取り出しアプリの翻訳を待つので若干のタイムラグがある。

 便利ではあるがコミュニケーションに一枚壁があることでもあるので不便にも感じた。


「ロシア語覚えないと駄目だな。不便だ」

「そうですね。スマホ持ってない人もいるからみんなロシア語勉強してます」

「どの程度の範囲届くんだ?」

「このフロア半分くらいだと思います、多分」

「外は?」

「駄目です」

「ん~……」


 なつのは小さく唸って首を傾げた。

 今起動しているのは朝倉のスマートフォン一台だ。けれど遠くにいる人の声も日本語で聞こえるのを見るに、一人につき一台必要なわけでもない。


「……朝倉君。もしかして魔力って空気中に広がってる?」

「え? どうだろう。こっちの人も魔力がなんなのか分かってないんだよね。歩き方聞かれても分からない、みたいな」

「でも遠くまで翻訳できるってことは相当広範囲だよ。どうやって広がってるの?」

「そう言われると……」

「ああ、つまり魔力が空気中に広がってるから翻訳魔法が拡散されるんじゃないかってことか」

「はい。Wi-Fiみたいですよね。ならモデムとルーターとハブみたいなの作ればもっと広範囲に届くんじゃないですか?」

「ナイス。やろう」

「や、やろうってどうするんですか」

「簡単さ。スマホ内で実行されてる魔法、つまり翻訳プログラムを魔力でスマホの外に出せばいいんだ」

「え、えーっと……」


 篠宮は迷わずスマートフォンを操作すると、翻訳アプリと同時にもう一つアプリを起動した。

 そして、ポケットから小さな物を取り出し外へ投げる。


「さあ、リリースだ」

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