カメレオン

氣嶌竜

第1話 異変

大野裕也は、苦しんでいた。


朝7時。今日も会社に行くため、自宅から最寄り駅まで歩いていた。狭い住宅街を抜け、10分ほど歩くと少し綺麗な無人駅・O駅に到着する。


数年前まで、O駅の見た目は酷いものであったが、改修され、純白な駅舎へと変貌した。雨に打たれ、強風に耐え、太陽の強い日差しにも耐えてきた証だろう、純白な駅舎は少し汚れ始めていた。


駅には2本線路が敷いてある。15分に1度、双方の電車が到着し、入れ替わるように発車する。駅から少し走ると、単線が続く。だからか、事故が発生した時は、電車が全く動かず、自宅に帰ることができなくなる。


O駅に到着し、縦に細長いホームで額に浮かぶ汗をハンカチでぬぐいながら、電車の到着を待つ。


心配性の大野は、電車到着の5分前には必ずホームで待っている習慣があった。中学校の時に習った5分前行動が、25歳になった今も体に染みついていた。


朝の通勤電車はいつも満員だ。O駅から2駅進んだ大きな駅・K駅には、世界的大企業のカマタ自動車の本社が隣接する形で陣取っている。カマタ自動車の下請け会社もK駅周辺に事務所を構え、あちらこちらに会社が乱立している。


この影響で、いつも息苦しいほどの満員電車である。大野が乗車するO駅に到着する前からすでに満員で、皆K駅でなだれるように降車する。


ご近所さんからはカマタ系と呼ばれ、カマタ自動車に関連した企業で働いていると、高貴な目で見られる。世界中に自動車を販売し、収入は日本の企業ランキング上位を数十年間維持している。


下請け会社も潤っており、カマタ自動車から受注依頼があれば、世界的に認められた証にもなる。不景気で潰れる予感はなく、日本全体が不景気で沈む中、カマタ自動車をはじめ下請け会社は変わらず業績を維持した。


大野もカマタ自動車の下請け会社の1つ、有明工業で働いている。3年前、生まれ育った地元で就職したいと考えていた時、K駅に近い有明工業の求人を大学の就職課で見つけ、事務職員として採用された。


冬場は体力作りのため、自転車で50分ほどかけて会社へ向かうが、大野は体力に自信がなく、夏場は暑い日差しに耐えることができない。梅雨の時期から電車通勤に変え、暑さが和らいだ11月頃からまた自転車通勤に変わる。


「あっついなぁ」


大野はホームで電車を待つ間、雲一つ無い夏空を見上げ、何度も小言をつぶやく。朝の7時だというのに、もうバテていた。ジリジリと全身に降り注ぐ日差し。大野は何度も空を見上げるが、曇る気配がない。


「まもなく、1番線に列車が参ります。黄色い線までー」


あれっ。大野の身に突然異変が生じたのは、電車の到着を知らせるアナウンスが鳴ったときだった。


暑さにうんざりしながら電車を待っていた大野の心臓が、激しく鼓動を始めた。ドクンッ。ドクンッ。今にも心臓が飛び出しそうな症状に加え、息苦しい。


ファーンと汽笛を鳴らして、電車がやって来る。どうしよう。大野はパニックになった。



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