4. ねこさんのおばけ?

「五百年前ってこんなだったのかぁ」


 大昔のこじんまりとした街並みを眺めつつ、ジャムはしっぽを左右に揺らす。面倒なことになったとは思いつつも、好奇心で気持ちが上がってしまっているのが自分でもわかる。

 都会育ちだが、こういう小さくて自然と共存しているような街には憧れがあるのだ。


「昔はこんなに建物も小さかったんだな。俺ジャンプしたら屋根まで届くな」


 ディアマンティナの建物は、石造りではあるが割と大きめだ。ジャムが今一人暮らししている部屋も、五階建ての共同住宅だ。

 それに比べたら、平家かあっても二階までの小さな家は素直に可愛らしい。


「水を差すようで悪いけど、この程度の街、今でも多いわよ?」

「え? そうなの?」

「ええ。ディアマンティナくらいよ、あんな大きな建物があるのは。列車だって整備されて、飛行船も発着するし。そんなところないわよ。他所は飛行船があるからって大きな都市ってわけでもないし」

「えーそうなのか……」


 良くも悪くも都会育ち。世界のすべての都というのはディアマンティナのようなものだと思っていたのだ。


「北のシヴァ王国にも飛行船出てるだろ? 向こうは大国だし大きい街なんじゃないの?」

「あそこは国は大きいけどほとんど森林だしね。街はどこもそんな大きくはないわね」

「そっか、知らなかったよ」


 ジャムの生きてきた十七年はディアマンティナでの十七年だ。他の場所に行こうと思ったこともないし、知ろうとしたこともない。

 ディアマンティナだけで大抵のことは叶えられて来たのだ。


「まぁーいわばディアマンティナはレーシタント帝国の技術の結晶よね。機械にしても建築にしても、技術においては帝国の右に出るところはないわよ」

「へえ。パーフィ物知りだな」

「まぁね」


 ふふんと得意げに胸をそらすパフィーラに笑みがこぼれる。同時に、自分がなにも知らないことに苦笑がもれた。

 鳥科亜人種の友人であるケツァールは、ディアマンティナの外から来た。それは知っているものの、以前どこでどんな生活をしていたのか話を聞いたことはない。

 今度話を聞かせてもらわなければ。きっとまだまだジャムの知らない世界があるのだろう。


「世界って広いんだな」

「そーよ。わたしと一緒に来ればそういう街や村、いっぱいまわれるわよぉ」

「い、いやそれは……」

「見てみたいでしょ?」

「いや、その、ちょっとは興味あるけど……」


 興味がないと言えば嘘だ。この夢の街を見た今は、実際の外の世界はどんなところだろうと興味を持ってしまってはいる。

 だがディアマンティナを出るという選択肢はなしだ。大切な家族が、友人がいるのだから。

 特に養母たちはジャムがいなくなれば寂しがるだろう。


「それにしても見つからないわね」

「あっ、そうだった」


 すっかり観光気分になってしまうくらいには、街をぶらぶらと歩いているだけで時間が過ぎている。

 一応捜してはいる。しかし、それらしき現実味のある人物にはまだ出会えていない。

 たまに街の人々に話しかけたり話しかけられたりもするが、どれも実のあるものではなかった。


「ほらぁ、目的忘れちゃうくらい夢中なくせにー」

「違うってちゃんと捜してるよ!」

「そうだった、ってさっき言ってたわよー?」

「うっ……」


 パフィーラの辛辣な一撃にジャムが撃沈されようとしたその時。その小さな声がジャムにかかった。


「わあー、耳としっぽのある人だぁー」


 背後からである。ふり返ると、そこにいたのは五、六歳程度の小さな女の子だった。薄緑のシャツに白のジャンパースカートを着ていてなかなか可愛らしい。

 髪は黒く、ショートカット。大きな瞳は愛嬌がある。育てばただの美人とは違う、人目をひく娘になるだろう。


「耳としっぽって……」

「お耳動いてるです!」

「そうだよ、俺は猫料亜人種だからさ」

「ねこか……じしゅ……? ねこさんですかぁ? ねこさんのおばけ?」


 おばけ。それは初めて言われた。


「いやそうじゃなくって……」


 真面目に説明しようとして、はっとする。この少女、うすっぺらい感じが全くない‼︎ 背景から浮いているという表現が正しいかはわからないが、周りの風景とは明らかに存在感が違っていた。

 ジャムやパフィーラと同じく、生身の人間の感触。


(この子だ————‼︎)


 そう言えば、亜人種が初めて確認されたのは、人間が魔法の力を失ってからだとケツァールに以前聞いたことがあった。亜人種は魔法の力がなくなった後なぜか突然、人間から生まれるようになったのだと。それがあまりにも突然で、今でもそのメカニズムは謎なのだとか。ケツァールはその謎に興味がある様子だった。

 一説では人間が進化したものが亜人種だという考えもあるらしい。この考えはジャムも知っている。

 その考えは今はどうでもいいとして、少なくとも五百年前の世界に、亜人種は存在していなかったのだ‼︎

 だとすると、街の人々のジャムに対する反応はおかしい。ジャムの存在に疑問を抱かなかったからだ。

 そうして、唯一疑問を抱いたこの少女。この娘こそあの錬金術師の弟子‼︎

 さっとパフィーラに目くばせすると、彼女は笑みをうかべて頷いた。彼女もこの少女で間違いないという結論に至ったらしい。


「ねえ、俺はジャムっていうんだ。こっちはパフィーラ。君は? お名前なんていうの?」


 なるべくソフトに、笑顔でジャムはたずねる。


「わたし? わたしはぁ、ふーてぃ」

「フーティー?」

「うん。こう書くですー」


 彼女は得意気に空中に『胡蝶フーティ』と書いた。最も、ジャムから見ればまるっきり逆さ文字だったのだが。


「へえ。可愛い名前だね」

「へへへへ。父さまがつけてくれたの」


 そう言って少女——胡蝶ははにかんだようにほほ笑む。


「東のレイディア公国に住む少数民族の名前みたいね。じゃあ、この街はレイディア公園ね」

「そうみたいだね」


 レイディア公園にそういう少数民族がいることは、名前に特徴があることから割とよく知られている。

 五百年前も今もいることから、その民族の血は少数ながら絶えることはなかったらしい。

 胡蝶は、その名の通りどこか蝶を思い出させるようなところがあった。

 この子が、錬金術師の弟子だとは想像がつかない。


「ジャム」


 パフィーラがジャムの手を引いた。上体が傾いたジャムの耳に、そっとパフィーラの口がよせられる。


「いい? この夢を悪夢に変えるのよ。水にあんたの想像する悪夢をたたき込むの」

「な、なんでっ⁉︎」

「悪夢にして胡蝶の覚醒をうながすのよ。ジャムならやれるから。がんばって♡」


 語尾ハートマークとともにかわいらしいキス。しかしジャムはというと困惑するばかりだ。

 悪夢に変えるなど可能なのだろうか? 方法が全くわからない。


「パーフィの方ができるんじゃないのか⁉︎」


 小声で言い返すも、パフィーラは首をふる。


神子みこは万能とか思ってるなら大間違いよわたしには出来ないの」

「え、うそだろ?」

「いいからやんのよ‼︎」

「わかった、わかったよっ」


 きゅっと睨んでくるパフィーラに何度も頷いてみせる。ここはやるしかないだろう。

 それに、胡蝶のためでもある。夢の中では幼い彼女が、実際は幾つか知らない。だがこのままここで眠っていていいはずがない。

 時代は五百年前とはすっかり変わってしまった。目覚めればきっとショックを受けるに違いない。

 けれど、このまま放っておくわけにもいかない。放っておいたらこれからも眠り続け、そのまま寿命を終えてしまうのだろう。

 目の前の幼い胡蝶は、ジャムのしっぽを珍しそうに眺めている。手を出して触りたそうにしているが、左右に揺れるたびに驚いたように手を引っ込める。

 見たことがないものに興味を示す事ができるなら、目が覚めてもなんとか慣れてくれるだろうか。


(悪夢ってなんだ……?)


 愛する人がいなくなるのが? この風景が壊れるのが? 真っ黒な影に追いまわされるのが?


「ねこのお兄ちゃん? どーしたのぉ?」

「あ、んーと、ちょっと待っててね胡蝶」


 さすがに悪夢の想像中だとは言えない。

 ジャムにとっての悪夢は母親たちを含めて、ジャムの愛すべき人々に会えなくなってしまうこと。誰もいなくなって、ただ一人残されてしまうこと。

 では、胡蝶にとっては?


「ねえ、胡蝶。胡蝶はどんな時が一番楽しい?」

「うーんっとねえ。胡蝶ね、歩いてたら楽しいです。みんなが可愛ってゆってくれるです」

「じゃあ、この街好きなんだ? この街の人も?」

「うん、大好き‼︎」


 にっこりと無垢な笑顔で頷く胡蝶に、ジャムは心の中で謝り倒した。いくら目覚めさせるためとは言っても、やっぱり少女の幸せを悪夢に塗り替えるのには良心が痛んでしまう。

 悪夢の風景をジャムの心の中に描き出す。それと同時に、体中に力がみなぎってくるのがわかった。

 ジャムの身体が淡く発光する。力が外へ流れ出ようとしている。


(ごめん胡蝶‼︎)


 ジャムの良心の呵責とともに、その輝きは四方八方へと飛び散った。


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