第12話 厄介な密会

 ほとんど揺れることなく馬車は動き出したようだ。


 『動き出したようだ』などと表現したが、それくらいに高度な魔術が用いられているのだろう。


 それに先ほどから全く外の音が聞こえない。

 ゆったりとした空間に、デザイン性のある馬車内。

 きっと空間系の魔術も用いられているはずだ。


 いずれにしても問題は魅力的な異性と薄暗くて閉ざされた空間に一緒にいることだ。


 すると、チョンチョンとローブの袖が引っ張られた。


 うるうるとしたラベンダー色の瞳が覗いていた。

 

「ねえ、シュウ様?」

「なんだよ?」

「ふふ、そんなに緊張しなくてもよろしいのに……ほら『あの時』のように接してください」


 オフィリア王女の言う『あの時』――魔術舞踏会のこと。


 厄介な一夜だけの過ち。


 線の細い色白い身体、柔らかく大きな胸、桜色の突起に、しなやかな腰使い……くっそ、思い出すな!


 もう二度と同じ過ちを繰り返してしまうわけにはいかない。


 だからこそ……なんとかして変な雰囲気に飲み込まれてしまう前にこの状況をどうにかしなければならない。


「オレは急いでいるんだよ。あんたと付き合っている暇なんてない――」

「ん、ダメですよ」

「――っ!?」


 オフィリア王女の色白い人差し指が――唇に触れた。


 『ダメ』って何がだよ!


 てか、いつまでこの格好なんだ……?


 あれ……今、一瞬だけ発光しなかったか?

 いや気のせいか。

 

 焦る内心を悟られないようにこくりと首を縦に動かした。

 すると、オフィリア王女はにっこりと笑みを浮かべてオレの唇から指先を離した。


 いやいや、意味深に微笑まれても困るんだけども……。


「こほん……ところで、なんで馬車に乗っているんだ?」

「ふふ、この魔術馬車は新しく貴族向けのサービスとして発表するんですよ」

「……はい?」

「今、無料体験としてお試しで動かしていたんです!そうしたら、たまたま!偶然にも!魔術的にランダムに体験者を選び出していたところ……奇跡的に近くの利用者としてシュウ様が選ばれたんですよっ!」

「そ、そうか」

「ええ!こんな奇跡もあるんですね」

「そうだな……?」


 そんな偶然あるのか……?

 いや、この場合、馬車を手配したのはあくまでもロイド先輩だ。


 そうなると、本来であればその奇跡とやらを引き起こしたのはロイド先輩の力だろう。


 まあ……この幸運とやらに与って、ロイド先輩がお偉いさんへのプレゼンも成功することを祈るとするか。


 ……って、そんなことで騙されてたまるものか。

 この王女様は、明らかに嘘をついている。


 何を企んでいるのか。


 ラベンダーの瞳がわずかに細められた。


「ふふ、それではこちらから質問よろしいでしょうか」

「なんだよ?」

「これから誰にお会いになるんですか?」

「誰でもいいだろ」

「……そうですか」


 オフィリア王女は下を俯いた。


「どろ――ねこ……」


 一瞬、早口で何かをモゴモゴと言った気がした。

 しかしいかんせん小さな声で聞き取れなかった。


「どろ……?聞こえなかったからもう一度言ってくれないか」

「ふふふ、なんでもありませんよ」

「……そうか」


 この王女様が何を考えているのか……さっぱりわからん。

 

 そもそもこの1ヶ月間――学院を卒業してから、オレに一度も接触してこなかった。


 王宮魔術師の仕事で仕方なく王宮を訪れた時でさえも一度も近づいてくる気配すら見せなかった。


 そのくせに、今になって改めて近づいてくるなんて……意味不明を通り過ぎて理解不能だ。


 オフィリア王女は何かを誤魔化すようにクルクルと長くて綺麗な白銀の髪を指先で触った。


「シュウ様はこれからアンナ様とシュナイダー卿主催の魔術舞踏会に向かうのですよね?」

「……わかっているなら、いちいち聞くなよ」

「ふふ、ですから普段にも増しておしゃれなのですね?」

「別に単なる魔術師のローブだろ」

「貴重なラビットモンスターの素材で作られているものですか……誰かさんとお揃いのものでしょうか……」


 この王女様はわかっていて聞いているんだろう。

 オレのことを動揺でもさせたいのだろうか。

 

 ふん、こんなことでいちいち狼狽えてたまるものか。


「……違う」

「ふふふ、とてもお似合いですよ?」

「一応、褒め言葉として受け取っておく」

「ふふ、本心からの言葉ですよ」


 オフィリア王女は静かに前方へと向き直り、一瞬だけ遠い目をした。


 その時だった。

 魔具――タブレットから着信音が鳴った。


 画面を覗くと――アンナと表示されていた。

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