第5話 厄介な存在

 熱気に当てられた生徒たちの中には奇声をあげている者がいた。


 そんな奇妙な行動と言えばいいのかわからないが、そんなバカみたいな者たちのお祭り騒ぎの雰囲気に飲み込まれた哀れな子羊がいた。


 まあ、単に言い寄られている女の子のことだけど。


「あの……わたくし、あなた様に興味がありませんからどこかに行っていただけませんこと?」

「はあ、そんなつまんねーこと言うなよー」


 明らかに困ったように頭部からぴょこんと飛び出ているキャットモンスターの耳がピクピクと動いていた。


 てか、あれ……どこかで見たことのある雰囲気だ。


 この少しおっとりとした雰囲気……あ、そうだ。


 よく見たら言い寄られているのは、王女様じゃないか?


 わずかに漏れている魔術の波動も似ている気がする……。


 それにアーモンドのような形の大きな瞳、薄暗い空間にいるゆえにきめ細かい色白い肌が映えている上に……少し小さな身体なのにどこか他人を寄せ付けない存在感を放っている。


 いや、あの女の子は絶対に王女様だろ。


 と言うことは……おいおい、王女様に迫っているバカは誰だよ。


 くっそ、流石に魔術舞踏会といえども王族相手にあの態度はさすがに看過できないぞ。


 派手派手しい黄金色の甲冑で覆われた騎士と変化している癖に、騎士道精神とやらは全く持ち合わせていないらしい。


 オレは王女様を引き寄せて、騎士様との間に入り込んだ。

 

「あのーお兄さんさ。ちょっと酔っているでしょ?」

「ああ、誰だよ?」

「生徒会の代理として見回っている者だよ」

「へ、へーこんな時までも生徒会さまは上から目線で俺様に命令かよっ!?」

「いや、別にそう言うことじゃなくて――」

「っち、うぜーんだよ」

「――っ!?」「あぶないっ!」


 どこの誰だか知らんが、火魔術で攻撃して来やがった。

 つか、騎士に化けている癖に剣術じゃないのかよ。


「『水よ、舞え』」

 

 火魔術は水魔術で吸収できるから問題なかったけど……それにしたって水蒸気が舞い上がって視界がぼやけてしまった。


 後ろにいる気配に向かって問う。


「それで、王女様――じゃなくて、キャットモンスターのお姉さんは大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですが……それよりもこの状況どうしましょうか」


 視界が徐々にクリアになっていくにつれて、百鬼夜行のようにさまざまな妖怪や魔物の姿に化けた生徒たちが群がり始めていた。


 確かに問題は乱闘騒ぎを嗅ぎつけてきた厄介な連中たちだろう。

 これから馬鹿騒ぎしながら乱入して来そうな気配だ。


「いいぞ、もっとやれー」

「生徒会のお兄さん頑張れー」

「騎士が火魔術使うとか、うけるんですけどー」


 勘弁してくれ。

 見せ物じゃないんだけどな。

 てか、あくまでもオレは生徒会の代理なだけだしな。


「面倒だが、さっさとあの騎士様に頭を冷やしてもらうしかないだろ」

「……策があるようですね」

「まあな」

「何、二人でしゃべっているっ!俺様の存在を無視するなっ!俺様は本当であれば、王宮騎士に受かるはずだったんだあああ!!!」

 

 えっと……もしかしてこの男は王宮騎士の試験に落ちて、そのむしゃくしゃする気分を女で発散させようとしていたのか。


 それで王女様を引き当てて手を出そうとするなんて、この男はよっぽど運もない馬鹿者らしい。

 

 さてと、そろそろ痺れを切らして次の攻撃を仕掛けて来そうだな。


 とっとと退場願いますかね。


 ……全く、こんなくだらないことで空間魔術を使うなんて勘弁してほしいものだ。

 魔力の消費量がとんでもないんだから、正直、温存しておきたかったのだが仕方ない。


「『時間よ、原初に帰れ』」

「……え?」


 王女様の驚きの声が背中越しに聞こえたが、無視してこのパーティ会場内だけ時間を隔離して止めた。


 時間を止めるというか正確には、空間を切り離して制御しているだけなのだが、まあ細かいことはどうだっていい。


 そして、転移魔術を使って、甲冑姿の騎士を運ぶ。

 魔術学院の庭にある噴水へと移動して、ほいっと落とした。


 ぽちゃんとどこか風情を感じさせる水音が聞こえて


 青白い月の光が噴水の水によって乱射していた。


「はあ……今日は満月か」


 あれ、そういえば、この噴水……底なしの噴水と呼ばれる魔術で作られている噴水なんだっけか。


 だからなんらかの魔術のせいだろうか。

 黄金色の甲冑は全身水に浸り、徐々に噴水の底へと沈んでいく。


 流石にこのままでは呼吸困難で死ぬか……。

 とっとと時間停止の魔術を解除した方が良さそうだな。


 オレは時間停止を解除して、後始末をするために移転魔術で元の場所へと戻った。


「あぶぶぶ」と微かに溺れているような声を聞こえた気がしたが、まあ魔術学院を卒業できる程度におつむはあるだろうし、なんとかするだろう。


 どこか他人事のようにそんなことを思った。

 

 ●●◯●●


「それで、先ほどの手品はどうやったのか教えてくれませんか」

「別に大したことじゃない」

「そうですか」

「……てか、いつまでついてくるつもりだよ?」

「ずっと……?」

「はい?」

「なんでもありませんっ」


 意味不明だ。

 この王女様がなぜオレにかまってくるのかよくわからない。

 

 ただ……人助けをしただけでこうも懐かれると困るというかなんとういうか……いや、この場合は懐かれてしまった相手に問題がある。


 なんせ王位継承権が第二位のお姫様なのだから。


「それで、あんたみたいな女の子が一人でうろうろしていたら、ナンパされるのはわかりきっているはずだろ?なんで護衛の一人も連れていなんだよ?」

「ふふ、私はただの魔術師ですよ?護衛なんかおりませんよ?」

「っち、間違えた。なんで友だちと一緒にいないんだよ?」

「さあ、どうしてでしょ」

 

 トントンと人差し指で桜色の唇にあてた。


 このお姫様はマジで意味不明だ。

 

 単にこのパーティの建前上、身分を隠し続けるつもりなのか。


 それとも別の目的があるのか……わからん。


「まあいい。じゃあ、次からはうまく立ちまわってくれ」

「え?なぜ勝手に私から離れて行こうとするんですか?誰が許可しましたか?」


 前言撤回だ。

 このお姫様は、どうやらパーティの建前上身分を隠し続けている訳ではない。


 単にオレをからかっているらしい。


 ニヤッと口元に笑みを浮かべて、お姫様は言った。


「さあ、卒業前のパーティですから楽しみましょ?」

「……勘弁してくれ」

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