第2話 魔術舞踏会の始まり

 遡ること一日前。


 アンナはラビットモンスターのピンク色の長い耳を頭部から生やして現れた。

 なぜかピンク色の瞳がわずかに動揺したように揺れていた。


「ふん、集合時間の10分も前に来るなんて、よっぽど楽しみだったみたいね?」

「……まあな」


 相変わらず婚約者様であられる公爵令嬢アンナ・クレスファンは、オレに対して当たりが強いらしい。


 これまで何度もデートをしてきたが、一向に態度が軟化することはないようだ。


 まあ、所詮、親同士が決めた婚約なのだから仕方のないことなのかもしれない。


「ほ、ほら行くわよ!」

「そうだな」

「……」


 アンナはなぜかじーっと突っ立ったまま動こうとしない。


 言動が一致していない。


 こんな時は決まってオレに何かして欲しいのだ。

 

 さて今回は何をご所望なのか。


 いやよく見たら、チラチラとオレの左手を見ている気がしている。


 なるほど、手をつなぎたいということらしい。


「……魔術舞踏会で逸れたら危ないだろ?」

「そ、そうねっ!あくまでもシュウが迷子にならないために握ってあげるっ!」


 アンナはオレの左手を握り返して、プイッと顔を背けた。

 わずかに頬が朱色に染まっている気がした。


 ●●◯●●


 オーダニア魔術学院。

 オーダニア王国の貴族が12才となったら通うことになる学校だ。

 それから数年、貴族としての最低限の勉学に勤しみ、基本的には18才で卒業。

 卒業後は領地を継ぐ者、王国の中枢で魔術師として働く者、魔術を使って商売をする者、そして冒険者になる者がいたり様々だ。


 そんなオーダニア魔術学院を卒業をする前に、学院の生徒会が主導となり魔術舞踏会が催されるのが伝統となっていた。


 かくしてオレとアンナも卒業式を控えた3日前の今日、本日、この日、魔術舞踏会で最後の学院生活を満喫しようと参加していた。


 魔術舞踏会が開催される魔術塔は、すでに異様な雰囲気に包まれている。


 骸骨の姿に化けている生徒、巨大なゴーレムの姿に化けている生徒、かぼちゃの馬車に乗って現れた雪女の姿をした女の子など、魔術によって変化し、思い思いの仮装で参加している。


 まるでこれまで習得してきた高度な魔術をこれでもかと周囲に見せびらかしているかのようだ。


 そんな中、どうやら魔術棟の中に入るには、生徒会によるチェックがあるようだった。


 なんでも普段と姿がかわらない程度の変化の魔術では、中へと通してくれないらしい。


 オレは適当に髪の色を黒から灰色へと魔術で変化させて、露天で売られていたメガネをつけていた。


 しかし生徒会長であるサーバスに止められてしまった。


「シュウ!お前はただでさえ黒髪で目立つんだから、髪色を変えてメガネをかけたくらいで仮装にならないから却下だ」

「めんどくさいな……」

「ねえ、シュウ?」

「ああ、ごめん、ちょっとそこら辺で仮面でも買ってくる」

「ち、違うわよっ」

「……?」


 アンナはなぜか茶色の長い髪をくるくると指で弄び始めた。


 こんな時のアンナは決まってオレに何かしてくれようとする時だ。


 何かの決意を決めたかのように、パッと顔を上げた。


「わたし、たまたまおそろいの仮面を持ってきているから貸してあげるっ」


 早口で述べた。

 そして、ポーチから青色のラビットモンスターのお面を取り出した。


「ありがとう、アンナ」

「ふん、わたしの婚約者なのだから変化の魔術くらいしっかり使いなさいよねっ」

「ごめん、そうだよな」


 心にもない謝罪をした。

 

 しかしアンナはなぜか満足げに口元に笑みを浮かべた気がした。


 仮面を被って、オレはアンナの手を握りしめた。


「じゃあ、行こうか」

「ええ」


 アンナの握りしめる手がギュッと強くなった気がした。

 それに心なしか、何かを決意したような……そんな雰囲気を感じた。


 しかしすぐにオレの手を引っ張るようにして、強引に校舎に向かって歩き始めた。


 ……アンナ、何を考えているのだろうか。


 そんな疑問が脳裏に浮かんだが、つられるようにしてその後を追うことしかできなかった。

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