大和・アンダーソン

食後、一度寝室に戻って工房の正確な位置を確認した私は諸々の準備を終え、背の高い草が生い茂る地をかき分け工房のある場所に向かっていた。

今日は少し暑い日だったが普段着の黒いローブで来たのは正解だったかもしれない。

草の先端は鋭くとがっていて、その上しなるし固いしで肌をさらすような恰好ならば傷だらけになっていたことだろう。

そうしてしばらく緑の海をかき分けて工房を目指していると途端にあれだけ繁っていた草が無くなる。

草の背が高く辺りが全く見えていなかったがいつのまにか工房にたどり着いていたようだ。

工房の回りの地面は土ではなくグレーの石のタイルで出来ていて、そのタイルの部分だけきれいに草が生えていない。

件の工房は白みがかった石レンガの外壁と太陽光を受け、輝いている黒い屋根と煙突が一つついている。

工房回りを回ってみると鉄格子がはめられた幾つかの換気口が白みがかった壁に穴をあけている、また入り口と思わしき扉のある面から石のタイルの道がしばらく続いており、方向的に新館の方につながっている様に見える。

「もしかしてシンセティックに案内してもらったほうが良かったかもしれないな...」

もしもこの道が本当に新館につながっているならあのほとんど茨の道をわざわざ歩いてくる必要はなかったわけで。

もっと周囲に気を使わなくてはな、と反省をしていた時、入り口の扉前に、入り口に視線を向けながら立っていたハザードの後方から声がした。

「ご依頼ですか?」

声のしたほうに顔を向けると、そこには人のよさそうな長身の男がいた。

見たところ私より一回りは若く見え、体格は平均くらいだ。

幾つか眉毛や眉間に髪がかかっている黒いミディアムヘアをしている。

「いや、君に挨拶に来た。」

「挨拶ですか?...あーもしかしてあなたがハザードさんですか?」

「ああ、申し遅れてすまない。私が最近この館に越してきたアルバディアス・ハザードだ、今はこの土地の地理だったりを理解することも兼ねてこうして挨拶回りをしている。」

「なるほどそういうことでしたか。私は大和・アンダーソンと言います。普段はこの工房で依頼を受けて物を製造したり機械の整備・点検をしたりしてます。」

「珍しい名前をしているね、上代出身ですか?」

「父が上代出身ですね。」

なるほど、上代かあ。

一度だけ行ったことがあるがその時は任務ばかりで観光とかは全くしてこなかったな。

覚えていることと言えば丹塗りの鳥居が大きくそびえたっていたことぐらいしかないような気がするな。

「なるほどねえ...」

「立ち話もなんですし、工房の中で話しましょうか。ちょっと油臭いですけど。」

そういいアンダーソン君は私の後ろの扉を押してさっさと中に入っていってしまう。

私もそのあとに続いて工房の中に入ると、確かに機械油の匂いと、それに混ざって金属が融けたような匂いもする、どちらにせよあまり健康によろしくなさそうな香りだ。

外から見たときは大きいと思っていたが、中に入ってみると工作機械やらなんやらが並べられているということもありそれほど余裕のある空間と言うわけでもなさそうだ。

先に入っていったアンダーソン君は二つの木製の丸椅子を持って機械のない開けたスペースにそれを置いた。

「ボロしかないですけど勘弁してください。」

「ありがとう、別にその程度気にしないから構わないよ。」

「すいません。それで、あいさつ回りをしてるんでしたっけ?」

「ええ、この場所は驚くほど大きいですね。」

「ああわかります、僕もここに住み始めてから長いですけど、未だに行ったことがない場所とかありますもん。」

「いつ頃から住み始めたんですか?」

「アラートさんがこの別荘に移った時に呼ばれたんですよ。」

「え?じゃあつまりアンダーソン君...いやアンダーソンさんは御年100歳くらいなんですか?でしょうか?」

「正確に言えば私はアラートと同い年だから109歳になりますね。」

「60歳くらいにここに移ってきたからなんだかんだ40年は暮らしてますね。」

「でもとても100歳を超えてるようには...」

「若返りの秘術と遅滞時間流のおかげでしょう。」

「なるほど、それで若く...でもなぜそうまでして長命を望むんですか?」

「まあ、他ならぬ親友の頼みですからね。」

「親友?」

「あなたの祖父ですよ。」

「まあこの話は長くなりますしこのあたりにしましょう。」

「気になるところで切りますね。」

「長い話ですから、まあ隠すようなことでもないですし気が向いたら話しますよ。」

「まあ私が話せることはこんなものです。」

「ありがとうございます、お時間いただいて申し訳ありません。」

「そんなことないですよ。それにこれから長い付き合いになるでしょうからもっと柔らかくね、話してくれて大丈夫ですよ。」

「じゃあ...アンダーソン。」

「あとはその凝り固まった表情を何とかするだけですね。」

「慣れるにはまだまだかかりそうです...」

「大丈夫でしょう、時間だけはたっぷりありますから。」

ハハハと笑みを顔に出しながらアンダーソンさんは言う。

「そういえば旧館にはもう行きましたか?」

「はい、サッと見ただけですけど。」

「そうですか、あそこの装置はどれも今は使い物にならないと聞きましたけど。」

「重要な装置構成要素が足りていなかったり装置そのものが破損していたりあとは魔術的装飾が劣化していたりと原因は様々ですが、はい。」

「なるほど、もしも何か部品の製作などが必要なら一度私を訪ねてください、こう見えてこの道90年近くの大ベテランですから。」

「驚くほど頼もしいですね、それは。」

「でしょう。」

とそんな感じの雑談をかわしていたらいつの間にか時計の針は12を指そうとしていた。

「もう昼ですか、早いですね。」

「ええ、少し話過ぎたかもしれません。」

「そろそろ昼食ですから新館に戻りましょうか、案内しますよ。」

「いいんですか?」

「まあ案内と言っても一本道ですけど。」

そう言いアンダーソンさんは椅子を片付け始めた。

私もそれに倣って木製の丸椅子を棚にしまい込む。

「じゃあ行きましょうか。」

アンダーソンさんが開けた扉の先は相変わらず高い草が視界の九割程度を占領している。

その高い草に挟まれた石のタイルの道を歩いていくアンダーソンさんの後を追い、新館に向かうのだった。


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