12月20日 洞窟の国の光る絵の具

 笛とパズルを買ったら、少しこの辺りのお店も回ってみましょう。そこの串焼きの屋台で一本買って、食べ歩きしましょうか。肉とキノコを交互に刺したものがおすすめです。湿度の高い国ですから、キノコや苔を使った料理が多いんですよ。


 ヴェルトルートもまた、南の平原ほどではないものの、香辛料のきいたピリ辛の味付けが好まれます。このくらい洞窟の奥まで来るとよくわかりますが、今日は晴れているのに随分と薄暗いでしょう? 洞窟の中に空を作っているのは通称「人工天」という魔術なのですが、これだけ大きいものですから、流石に本物の空と全く同じ光量というわけにはゆきません。晴れた日でも地上のどんよりした曇りの日くらいの明るさしかない。となると、人間というのはやっぱり気持ちもスカッとしにくくなるものなんですね。そこで、どんよりした心模様に喝を入れるための香辛料です。香り高く刺激的で、体もあたたかくなるキノコと魚のスープの朝食は、今日も頑張ろうという気分にさせてくれます。


 スープの屋台もありますから、そこの公園のベンチで一杯食べたら、川を挟んで向かいの画材屋さんへ行ってみましょう。観光客向けというよりは地元の絵描きに人気の店ですが、ちょっと面白いものがあるんです。


 薄暗い店内は、天井近くまである高い棚にごちゃごちゃと紙や画材が詰め込まれている、端的に言えば狭くてとっ散らかった印象です。どこに何があるのかさっぱりわかりませんが、店主に「あれはないか」と訊けば一瞬で引っ張り出してくれるので、困ったら彼に質問しましょう。気難しそうに見えるおじいちゃんですが、人見知りなだけなので大丈夫です。


 見たことないような色合いの絵の具やインクなんかがたくさんありますから、絵を描く趣味をお持ちならこれだけでも宝の山のように面白いお店ですが、そうでない方も「ちょっと欲しいかも」となるのがこれ、光る絵の具です。


 なあんだ、蓄光塗料か。と思いました? 違うんですよ。これ、自ら発光する夜光絵の具なんです。ああ、もちろん放射性物質は含まれていませんよ。魔力の光を閉じ込めた魔石顔料が使われているんです。


 魔力というのはその属性によって色が異なるというのは説明……してませんでしたかね。おおまかに分けると


・陽光色の光

・赤い火

・青い水

・緑の土

・灰色の風


 という風に、それぞれ違った色に光ります。まあ風の灰色は光を吸収する影の色なんですが、それは置いておいて、赤、青、緑が揃っていますね。そう、光の三原色です。


 ここのご店主のツテで火、水、土の魔力を持った人間にそれぞれ粉にした魔石へ魔力を充填してもらい、それを調合したものがこの絵の具のもとになる顔料です。色のついた魔力持ち、即ち火の神や水の神に祝福を受けた人間というのは非常に少ないのですが、そんな人達にいつでも出会える場所といえばやっぱり神殿ですね。神殿の写本工房へ紙やインクを卸すついでに、報酬の一部として魔力を提供してもらっているのだとか。


 またしても話が脱線しましたが、光る石の粉を調合して作られるこの絵の具、色ごとに自然物の名前が付けられています。早朝の湖の青とか、夕暮れの雲の紫とか、真昼の草原の緑とか。どちらかというと説明的で、そんなに詩的なネーミングでもないのですが、これを使って描くとまるで額縁ではなく窓を覗き込んでいるような、暗い室内に光が差し込む魔法の絵画になるのだそう。


 まだこの画材が生まれて百年経っていませんから、どのくらいこの光がつのかは未知数ですが、魔法の使い手に触らせない限りは半永久的に光るのではと言われています。


 自分で調合して使う顔料そのままのものと、油絵の具と水彩絵の具がありますから、これで絵を描いてみたいなら絵の具のチューブを、浅瀬の海色にぼんやり光る不思議な粉を鑑賞したいなら小瓶入りの顔料を、これで描かれた絵が欲しいなら隣の画廊へ!


 ただこれ、絵の具として使うには少しデメリットがありまして。湖の国でもちょっと説明しましたが、魔力というのは個人の資質によって見え具合が違うんです。つまり一般人にはふんわり光っているだけの絵も、「目がいい」人にはギラギラ光って見える場合があります。


 お土産としてどなたかにプレゼントされるつもりなら、ぜひ風の影色もセットでご購入ください。これを混ぜると光量を抑えられますから、魔法使いのお友達がいても安心ですよ。




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