12月9日 砂漠の砂の瓶詰め

 火の国ウルはラタ・マレ、直訳すると「砂の海」という世界最北の砂漠に面しています。白に近い淡い色の砂が輝く哀しくも神秘的な光景は、吟遊詩人達の人気の題材でもありますね。


 「哀しい」光景、と言いましたが、この砂漠は五千年前の魔導戦争によってできたものです。


 振り返って神域の火山を、そして山脈を見てみましょう。黒い岩山ですよね。この辺りの岩盤、黒っぽいんですよ。岩の砕けたものが砂ですから、本来ならもう少し暗い色の砂漠になるはずなのですが、ここの砂はほとんど白と言っても良い色をしています。魔法の炎が、この土地から色を奪ったのです。地面だけでなく、そこにあった街も、人も、森も、動物達も、全てが等しく白い砂に変わりました。


 あまり楽しいお土産ではありませんが、この砂、少し持って帰りませんか。かつてここにあった豊かな土地の、遺灰のようなものです。売り買いは許されませんが、この辺りの国の人々はこの砂を綺麗な小瓶に詰めて窓辺に飾り、もう二度とこんな悲劇は繰り返さないと、その決意の象徴にしているそうです。あ、もちろんドワーフの国の話じゃありませんよ。奴らは妖精ですから、人間の戦争なんぞ一切関係ありません。砂漠を挟んで西側のガラバ、東側のマタンの二国が戦っている間も、武器を求めてやってくる軍人を追っ払いつつ、女神の神域たる火の山の庇護下でおもしろおかしく暮らしていました。


 まあそれはそれとして、この砂自体もとても綺麗です。透明でキラキラしていて、魔力に触れると淡く光ります。エルフがこの砂の上を歩くと、歩いたところが白くふわふわ光るそうですよ。


 あ、少しだけ採って帰ります? なら、そこでニコニコ揉み手をしている砂漠装束のおじさんから小瓶を買いましょう。竜を連れた砂漠の隊商の人です。商人さんというのは本当に賢いですよね。「どんなに強欲な商人でも、ここの砂の売り買いだけは決してしないのです……」と神妙な顔で言いながら、それを詰めるための小瓶でボロ儲けしています。


 安く済ませるなら普通の透明な瓶でもいいですが、せっかくなので色々見てみましょう。あちこちから仕入れた美しい色ガラスの細工瓶がずらりと並んで、砂漠の強い日差しを受けてキラキラ光っています。宝石の山みたいに見えますね。


 この小瓶達、砂を詰めるのはもちろん、香水瓶としても人気です。そこの隣の敷物には香水が並べてあるでしょう? 気に入った小瓶と気に入った香りを一緒に持っていくと、その瓶に詰めてくれますよ。ちょっとかぎ慣れないエキゾチックな香りのものが多いので、いくつか試しにかがせてもらうといいでしょう。そこの揉み手をしているお姉さんに言えば、蔓草紋様が箔押しされた素敵なカードに一滴垂らしたサンプルをもらえます。


 ほら、砂用の瓶と香水用の瓶、それからサンプルカードとお揃いのレターセットに、揉み手のお姉さんがしている紫の炎が燃えるような不思議な石の嵌まった真鍮のブレスレット。色々欲しくなってきたでしょう? 隊商の人達は更にトークが上手ですから、一文無しにならないように気をつけてください。このお土産巡りの旅、まだ半分残ってますからね。




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