12月3日 書架の国の魔導万年筆

 ランタンや栞と違い、これを使うには本人が魔力を操る必要があります。けれど自由に扱える量の魔力を持った人間というのはごく稀にしか生まれないものですから、それ故に涙を呑む人も多い――とはならず、この国特有の安価な魔石充填サービスを利用し他者の魔力を扱う(つまり左手に握った魔石から魔力を吸い出し、肌の表面を通ってペンを握る右手へ魔力を流す)訓練を積む者を続出させたのが、この魔導万年筆です。


 繊細な透かしの入った銀のキャップがついた、透明な水晶のペン。その内側に、葉を繁らせたモミの木の枝のような形の、透き通った夜空色の結晶が煌めいています。


 試し書き用に開封されている一本を手に取ってみましょう。はい、ペン軸に魔力を流して。やり方はランタンと同じ。魔導具ですから、魔力を込めるだけで術が発現します。電子回路を組めなくても電化製品は使えるでしょう? あれと一緒ですよ。


 あなたの魔力を少しだけもらったペン軸は、じわりと熱を持ったような独特の感触を皮切りに、中に収められた樹木状の美しい結晶を溶かし始めます。透明なチョコレートが溶けてゆくようにとろとろと、液体になった紺色が軸の中を通って銀のペン先へ。さあ、そこの木綿紙に書いてみてください。綺麗な色でしょう? 結晶が真っ黒でなく透き通った濃紺に見えていた割には、深く濃いブルーブラックです。インクが薄く細かく結晶し光を透かすので、インク瓶のインクよりもずっと淡く、書いた時の色に近く見えるという仕組みなのです。


 試し書きを終えたら、書いたところを触ってみて。ほら、もう乾いていますよ。速乾インクなんです。ではそのペンを、ペン先が下になるようにそこのペン立てへ戻して。ようく見ていてください。


 1分くらい待っていると……ほら、見て。インクの結晶が始まりました。たぷたぷゆらゆらと揺れていた紺色が下から少しずつ、元のモミの木の枝の形に戻ってゆきます。細かい雫も吸い上げて、内部は染みひとつなく、筆記用具だったそれが水晶の瓶に封じられた美しい宝石に姿を変える。


 「妖精の絵の具アルプティル・ミルネル」という洒落た妖精語フィアレの名を持つこの特殊インクは、ご覧の通り魔力を流すと融解し、力を失うと固まるという性質を持っています。非常に魔力伝導が高いので、魔導書にも使われていますね。ぱらぱらっと捲って描かれた魔法陣に手を当てると魔術が飛び出す、あれです。


 けれどこの不思議な結晶を生み出すのに、このインクだけでは不充分です。紙に書いた線は一瞬で乾いてしまったでしょう? ただガラスのインク瓶に入れるだけでは、液状の形のまま固まってしまうのです。


 そうです、鍵となるのは「水晶製」のペン。ただ中身を綺麗に透かすためだけにこの素材が使われているのではありません。水晶は魔石には劣りますが、魔力を貯める性質を持っています。あなたの流した魔力を、あなたが手を離した後も少しだけ維持して、インクが結晶を作る時間を与える。これが魔石製となると十日は液体のままですから、水晶で作るのが最も相応しいのです。


 仕組みを理解したところで、他の色も試してみましょうか。空色、若葉色、すみれ色、金色、真珠色……何でも揃っています。勿論、既にペンをお持ちの方はインクだけ買って注ぎ足すことも可能です。後ろのキャップを外して小石をコロコロ詰め込むだけですから手も汚れません。何色か手に入れて、自分だけの色を調合することもできます。書いた時の色ではなく、結晶した時の美しさを優先して調色する人も多いみたいですね。


 明日は図書館を離れて郊外の街へ行きますから、今日の思い出に一本いかがですか?




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