11月29日 迷宮都市の地図

 真上の国フォーレスが洞窟国家ヴェルトルートを魔獣から守るために建国されたというのはご説明しましたが、この国の役割が「それだけ」だったのは、もう遥か昔の話です。もし再び勇者が魔王を討ち損じ、八千年前のように地上に滅びの時代が訪れたなら、逃げ場となるのは瘴気の入らない地底だけ。巨大な地下洞窟に土と畑を作り、森を作り、大規模な魔術で天候を生み出した――つまり「既に逃げ込む環境が整っている」ヴェルトルートという国は、人類にとって最後の砦です。決して、戦火に巻き込んではなりません。戦争の少ない世界ではありますが、それでも常に万が一に備えているのがこのフォーレスという国です。


 それ故に、この国はちょっと面白い作りをしています。ぱっと見は装飾に凝った灰色の石の建物が立ち並ぶ美しい街並みですが、よく見ると複雑に張り巡らされた空中回廊は木製です。まあ頭上を通るものですから、それ自体は全く不思議なことではないのですが……更によくよく見るとその回廊、建物と建物を繋いでいる部分に歯車や滑車のような、奇妙な機構が見え隠れしているのです。何でしょうね、これ?


 そう、勘の良い方はお気づきかと思いますが、動くんですよ、これ。城下町というのはそもそも迷いやすいように造るものですが、この街はリアルタイムで道を変化させられる機能がついています。いざという時は地上の道という道を塞いで敵を立ち往生させ、特殊な手順でしか操作できない空中回廊を住民が一斉に組み替えて、地図を持った人間だけが自在に動き回れる環境を作る。


 それが一体どれだけ実際の戦いで役に立つかはわかりませんが、この仕組みを考えたのはかの有名な建築家ルオノ……ものすごく変な建物を作ることで有名な建築家ルオノだそうなので、面白半分である可能性はなきにしもあらず。


 そんな迷宮都市の地図が、今日のお土産です。


 えっ、地図売ってるの? と思いましたか。売ってます。もちろん「今現在の」地図ですがね。むしろ買わないと十五分で迷子になります。入国してはじめに入った店の売店で買うのが無難ですが、店によってデザインが少しずつ違うので、迷わない範囲で何件かは見比べてみるのが良いでしょう。


 ただ、それだけだと単なる必需品ですよね? ご安心ください、ここからです。


 この地図の一番楽しいところは、なんといってもそのコレクション製。回廊は毎年少しずつ組み替えられているので、毎年新しい地図が出ます。故に、その年の地図はその年にしか買えません。その希少価値を楽しむもよし、見比べてデザインの変化について語るもよし、組み替えの法則性を予想するもよし。収集癖のない人も、観光の思い出に(一番安価なものではなく)綺麗な絵のついたものを買い求める人が多いようです。だって、次に来た時には全然違う道になっていますからね。博物館のチケットと一緒にトラベラーズノートに挟んでおくのに、これ以上のものはないでしょう。


 回廊の組み替えは、由来こそ軍事的なものかもしれませんが、今はそんな街を楽しむ人へ向けた観光事業として扱われているようです。実際に目の前で動かしてくれるパフォーマンスなんかもありますので、地図を片手に見に行ってみると楽しいでしょう。ただ、その操作手順を盗み見たものは秘密裏に消されるという噂がありますので、そこは重々お気をつけて。









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