第38話

 円もたけなわになり、解散したスコットらはふたりで大きな荷物を抱え家路を急ぐ。


「まさか、安綱ちゃんのお土産がこんなにあったなんて……」


「イギリスの銘菓、ウォーカーズのショートブレッドだったかしら? こんなに沢山、よっぽど気に入ったのね安綱様。見てスコット! この紅茶、缶が可愛い! 象かしら?」


「ああ、ウィリアムソンティーね。僕も大好き。香りが甘くて、ミルクティーにすると美味しいよ。クッキーにもとっても合うし」


「じゃあ、早速明日の朝にでも淹れようかしら。イングリッシュブレックファストって書いてあるもの」


「わ。楽しみ――」


 言いかけて、スコットは当たり前のように彼女と同じ家に向かおうとしていることに気づく。


(あれ……? 僕は――)


 ふと立ち止まったスコットに、アロンダイトは首を傾げた。

 夕方の街は通りに並んだオレンジ色のランプが人々をあたたかく照らし、買い物の袋やケーキショップの紙袋を手に家路を急ぐ人で賑やかだ。


 そんな中、つられて立ち止まったアロンダイトの周りが止まって見えるほどに、彼女はとても綺麗だった。

 編み込みの入ったウェーブの金髪は、戦の無かった今日はハーフアップで愛らしく纏められている。街灯りを映す碧の瞳。風に揺れる髪を耳にかけながら、彼女が振り返る。


「どうしたの、スコット?」


「いや、その……僕……これからも君の家に寝泊まりしていいのかなって……?」


 今までは保護観察からの流れでなんとなく同居していたが、これから学院に通うとなるとどうなるのだろうか?

 学費や諸々は防壁パトロールで入るお金(しかも結構高給!)もあるし、奨学金を用いれば大丈夫と言われているが、卒業して自立するまでの間、スコットには頼る宛てが――

 などと、そんな真面目な話は半分。本当は、彼女とこのまま同棲していいのか、そんなことが許されるのかと胸がざわめく。

 だって、目の前にいる彼女は絶世の美少女で。冴えないオタク野郎のスコットが隣を歩いていいような存在では――


 忘れかけていた、くすんだ色の感情。

 街の灯りが対照的に彼の顔を照らす中、彼女が、手を引いた。


「何を言っているの? いいに決まっているでしょう? 私達、契約者と魔剣なんだから」


「え……それは、理由になっているの? 契約関係にあるからって、好きでもない男と無理に一緒に暮らす必要は――」


 もごもごと俯くスコットに、アロンダイトはため息を吐く。

 最初に出会ったときのように。


「あなた……本当に魔剣のこと、なんにも知らないのね?」


 意地悪そうにくすり、と笑うと、アロンダイトは微笑んだ。


「魔剣にとって『契約しよう』という言葉は、『結婚しよう』にも等しい言葉なの。だって、生涯共に在るという約束をするんだもの。それを了承したってことは――言わなきゃわからない?」


 困ったように頬を染めるその表情に、スコットの時間の針が止まる。


「……大好きよ、スコット」

「……!」


「なくした記憶に戸惑っていた私に真実を教えてくれた。勝手に聞いて、勝手に絶望して、挙句泣き出して……そんな私の傍にいてくれたこと、とても嬉しかったの。ひとりで守り切るのが存在意義だと思っていた私に、『仲間を頼れ』って、『ひとりで頑張るな』って新しい道を示してくれた。私の為に、アゾット様達やラスティ様に怒ってくれた……そのうえで、私と契約してくれた。私は、新しい存在意義をあなたに貰ったの。国を守る力だけでなく、『ここにいてもいい』という居場所を――『ここ』っていうのは、あなたの隣なのよ」


「アロンダイトさん……」


「もう絶対、ひとりにしないんでしょう? だったらずっと傍にいて。あなたが祖国を裏切ってまで私を選んでくれたように、私もあなたを選ぶから。ねぇ、約束――」


 そう言って、アロンダイトはスコットの右手に左手の薬指を絡める。

 はた、と見つめ合う瞳は細められ、晴れやかな笑みに変わった。


「さぁ、わかったのなら買い物をして帰りましょう。あなたの部屋を用意しなくっちゃ。必要なものは、着替えに、食器に、ベッドも要るわね……シングルにする? それとも――ふたりで寝るなら、ダブル?」


「……っ!?」


「ふふふっ……! スコット、顔真っ赤!」


「もう……あんまりからかわないでよ……」


 照れを隠すように空を見上げると、うっすらと星が瞬いていた。

 遥か昔からそこに在り、輝き続ける星。

 かの英雄も、同じ星を見上げていたのだろうか。彼女の――隣で。

 そうして、瞬く星に『願い』をかけたのだろうか? 彼女と――共に。


(ランスロット……僕は、あなたのような強い男じゃないけれど。あなたのように、信念を貫くことができたかな……?)


 答えは、胸の中にある。ふわふわとしてあたたかい、幸せの中に。


 たとえこの先、誰を裏切ることになろうとも。彼女だけは裏切らない。

 スコットはそう、改めて心に誓った。

 だって、隣で微笑む彼女はあまりにも――『乙女』だったのだから。

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