第22話

 もう、初っ端からうまくやっていける気がしない。

 本当にあの子がラスティの呼んだ『秘策』なんだろうか?


「ほら! あんたはこっち! おっぱい触らしてあげるから、私の膝の上で我慢しなさい!」


 クラウ=ソラスは安綱の脇をひょい、と掴んで持ち上げると、おもむろにソファに腰掛け、その膝に座らせる。後ろから両乳で強引にホールドされて捕まった安綱は鬱陶しそうに背後のクラウ=ソラスを見上げた。


「デカ乳女に興味はないンだが? お前はなぁ……あと二十若ければ……いや、三十か?」


「あんた、刺すわよ?」


「ぴえんっ!」


 クラウ=ソラスはドスのきいた声で安綱を黙らせると、向かいに座るふたりに資料を手渡す。


「ここ数日、ネットワーク回線への光介入で英軍の動きを探ってたんだけどね、スコット君の想定通り、使われるのは水素爆弾の可能性が高そうよ」


「「……!!」」


 光の魔剣によるハッキング魔法なんてどんなファイアウォールもお手上げだ、とスコットが呆れる中、その諜報能力によって軍を担うことになったというクラウ=ソラスはため息を吐いた。


「でもねぇ、肝心の起動スイッチや爆弾を積んだ無人機についてのデータは持ち出されたあとだったのよ。持ちだしたのはこいつ、ハワード将軍という奴よ。知ってる?」


(キタ……!)


「知ってるも何も、現在僕らの『聖剣奪還作戦』を指揮しているのはその将軍です! まさか、ジェネラルは自らスイッチを押すつもりなのか?」


「可能性はなくもないわね。それかハッキング対策でスイッチ関連をアナログのままにしているとか? 実際私はそれでしてやられたわ。そうでなくとも国際的に問題になるような作戦なんだもの、最低限の人間で秘密裏に行うつもりなんじゃないかしら? 失敗しても揉み消せるように、とか? 英国政府が知らんぷりをした際に、トカゲの尻尾切りをする人間は少ない方がいいものね」


「そんなことできるわけがないのに……将軍は何を考えているんだ?」


「人間の考えることなンか、知ったこっちゃないな~」


 興味なさげに、両手をあげて背後の乳を揉んでいた安綱は、クラウ=ソラスの膝からぴょん、と飛び降りて資料に顔を近づけた。


「なぁなぁ! わたちの出番はいつだ? ちゃあんとお仕事をすれば、ラスティがちょっぴり斬らせてくれるって言うんだよ! 今はもう契約してないのにさぁ、すっごいサービスだ! いいよなぁラスティは! 童じゃないけど、あいつの魂はいつも真っ白で童みたいなもんだ。斬りてぇなぁ! 早く斬りてぇよぉ!」


 いわく安綱は、愛らしい幼女や無垢な魂を持つ人間を斬るのが趣味なのだとか。

 その影響でラスティ博士は自身の試し切りを許可することで気まぐれな安綱をやる気にさせたらしい。

 話している内容はともかく、こうしてみると安綱は本当に幼い子どもにしか見えない。彼――彼女(?)はただ、お菓子とオモチャ、そしてご褒美を欲する童なのだ。


「それで、この作戦の『鍵』が安綱様というのは?」


 アロンダイトが尋ねると、クラウ=ソラスは簡潔に作戦内容を話し出す。


「私達の目的はあくまで防衛。このハワードとかいう将軍に水爆のスイッチを押させないことよ。そのためには、この童子切安綱の『斬った人間の魂を移す』という能力が不可欠なの。要は身体の乗っ取りね。なんとかしてハワード将軍を斬りつけ、その身体に安綱の魂を入れることでスイッチの起動を回避。将軍のフリをして全軍に撤退指示を出し、英国に帰還したら散々暴れまわってこいつをクビにさせる、という寸法よ」


「暴れまわった後は元の童の身体に戻っていいンだろぉ? わたちはおっさんの身体に入り続けるなんてごめんだからな!!」


(斬った人間の身体を操る、だって――?)


 本当に、この魔剣という生きモノは何から何までファンタジーすぎてスコットは閉口した。しかし、その話が本当なら――


「安綱ちゃんが今喋っているその幼い子の身体も、元は誰かのものだったということですか……?」


 尋ねると、安綱は自身の心臓に手を当ててドヤ顔で語りだす。


「あン? そうだよ。昔の性別なんてのは忘れたが、今のこの身体『リリィ』はなぁ、わたちの友達で、ウチの領内で一番可愛い童だったんだ!」


「では、その……まさか。安綱ちゃんは可愛い身体になりたくて、その子を……?」


 斬った、もしくは乗っ取ったのか?


 恐る恐る口にすると、安綱はやれやれといったポーズをとってみせる。


「それがなぁ。よっぽどの事情がない限り勝手に斬るな、って昔ラスティに怒られてさぁ。代わりにラスティを斬ってもいいって約束をしたんだ。約束は、守らなくちゃだろ?」


「じゃあ……なんで?」


「リリィはさ、病気だったンだ。中央病院にずーっと入院してたんだけど、もうダメだって、わたちの南領に来た。南はあったかくてキレイな場所が多いから、サイゴくらい楽しいことがしたかったんだって」


 魔剣はその刀身が朽ちない限り死ぬことはない――『死』を知らないのだ。

 だから、幼い安綱にはリリィちゃんが言った『最期』の意味がわからなかったんだろう。


「ウチに来たときは一緒にいろいろ遊び回ったんだ。わたちは南の『十剣』で、観光大使だから。でも、リリィは段々動けなくなって。そしたら、リリィが言ったンだ。『私の身体、安綱ちゃんにあげる』って」


(……!)


「わたちが斬れば、リリィの身体はわたちのモノになる。わたち童子切安綱は、『魂移しの魔剣』。カタチを持たない魂だけの魔剣だ。だから、乗り移った身体に後から『鉱脈血』が流れて、そいつは次第に魔剣わたちになるんだよ。わたちが出て行かない限り、人格はわたちのモノになっちゃうんだけどな」


「じゃあ、リリィちゃんは、安綱ちゃんに身体を渡すことで生き延びようと――?」


「さぁ? そこまでは知らん。でも、リリィにお願いされて斬るとき、あいつは笑ったぞ。『これでずーっと一緒に遊べるね』って。だから、リリィの分まで、わたちはケーキをたくさん! 食べなきゃいけないンだ! ふたり分だ!」


「安綱ちゃん……」


 目の前でにこ! と無邪気に笑う魔剣は、きっとわかっていないんだろう。リリィちゃんが、もう二度とケーキを味わえないことを。

 でも、もしかすると彼女のナカでは今も隣にリリィちゃんがいるのかもしれない。


「魔剣って、すごいな……」


 思わず零すと、安綱はドヤ! と再び胸をはる。


「だからさ、わたちがその将軍? って奴のナカにいるときは、リリィのこと頼んだぞ。ま、わたちが出て行ってもこの身体にはわたちの『鉱脈血』が流れてる。しばらくは病気が再発して倒れることもないんだけどさ」


「もちろんよ。万が一に備え、医療体制は万全に整えておく。あんたにはリリィちゃんの身体に戻ってきてもらわないといけないんだからね」


「ああ! リリィがナカで将軍と喧嘩しそうになったら、将軍の方をぶちのめすンだぞ!」


 その言い草を聞く限り、安綱は自分がからだから出て行けばリリィの魂が目を覚ますと思っているようだ。

 ひとつの身体にふたつの魂――そんなことが、あるのだろうか?


 童子切安綱によって一度元の身体から引き剥がされた将軍が再びその身体に戻ったとき、どうなるのかはわからない。

 悪夢でも見ていたかのように目を覚ますのか、それとも、魂の抜けきった廃人のようになってしまうのか――


 しかし、今できる最も犠牲を伴わない作戦に間違いはないだろう。

 いくら敵とはいえ、スコットはハワード将軍を殺したくはない。

 今はただ、『魔剣』の可能性を信じるより他はなかった。


「わかりました。絶対に、成功させましょう……!」


 『鍵』となる童子切安綱を仲間に迎え、スコットらの『英軍迎撃作戦』は、これで布陣が整ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る