第16話

「おはよ~う、ラスティ。面会の時間だよぉ」


 ぶんぶんと白衣の両袖を振り回して部屋にはいる幼女に、穏やかな笑みが向けられる。


「やぁ、アゾット。今はもう夕方だよ。それとも、今日は遅めのおやつでも持ってきてくれたのかい?」


 肩まであるもっさりとした銀髪に、セピアを思わせる灰色の瞳。年の頃は二十代後半といったところか。まるで親戚の幼女をあやすような優しい声音の青年がそこにいた。

 そして、その隣で椅子に腰掛け、せっせと編み物をしている金髪の美しい女性――


(まさか、あの人が『彼の相棒』――?)


「ねぇ、こないだ提出した血液サンプルは役に立った? それともアレは輸血用だったかな?」


「んあ~、アレね。毎度ありがとう。有効に利用させてもらっているよ。なにせキミは世界で唯一の『半人半剣』の存在だ。キミという実験体を使って研究開発をさせてもらえるなんて、研究者として、私は本当に恵まれているよねぇ?」


「だって、ボクが死刑でなくて無期禁固刑なのは、そういう約束をしたからでしょう? それに、ボクだって魔剣研究の第一人者だったんだ。この身が魔剣の役に立つなら本望さ」


「でもアゾット、さすがに前回の提出は致死量ギリギリでしたよ。あまりラスティを傷つけないでください」


「え~? ボクなら大丈夫だよ。まったく、キャリバーは過保護なんだから」


(やっぱり……!)


 目の前にいる女性は、その目に七色の光を灯した伝説の聖剣――エクス=キャリバーだった。しかし、その彼女が相棒としてラスティと共に牢にいるとなると、答えはひとつ。彼女は、主と共に世界を滅ぼそうとしたということになる。

 スコットの脳裏には、先刻のダーインスレイヴの言葉が浮かんだ。


『魔剣の本質は、願いを叶えることだ――』


 聖剣エクス=キャリバーは、主の『願い』を叶えようとした――

 そうして、今も彼と共に在る。


(作戦の第二目標が、ここに……)


 思わず手が震える。スコットのポケットには、少佐から渡された発信機があるからだ。今そのボタンを押せば信号が送られて、作戦目標のアゾット、エクス=キャリバーの二振りを確保することができる。英軍の要求は満たされ、大規模攻撃は中止されるだろう。

 幸か不幸かここは丘の上の塔。上空からの降下作戦であれば市街への被害は最小限に抑えることが可能だ。


(そうなれば、アロンダイトさんは助かる……?)


 スコットにとって、今一番大切なのはアロンダイトだ。

 アロンダイトは、勘違いをしていたとはいえ敵である自分を助けてくれた。そして、親切にも世話を焼いてくれた。外の人間を嫌っていたはずなのにだ。いくら思うところがあったとて目の前の困っている人間を見捨てられない、そんな不器用なまでに優しい彼女が好きだった。


 目の奥に、ひとり戦う美しい少女の姿が焼き付いて離れない。自分の他愛ない話に顔をほころばせてくれる、そんな彼女が見せた儚い涙が焼き付いて離れない……

 どうしても、離れなかったのだ。


(アロンダイトさんが記憶を消された理由……ことと次第によっては――)


 スコットは、ラスティに向かっておもむろに尋ねた。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」


「ん? キミは――?」


 きょとんとするラスティに、アゾットは、元イギリス兵の協力者であると説明する。そうして、英国を迎え撃つにあたり今一度力を貸して欲しいと。

 大まかに状況を説明されたラスティは、『外に出ることはできないが、策はある』と答え、知恵を貸すことを約束した。


「うん、概ね事情は理解した。いくらボクが独房ここで罪を償うと決めているとはいえ、国を好き勝手されて黙っているわけにもいかない。いざとなったらキャリバーだけでも戦場に送ろう」


「私は構いませんが……ラスティ、貴方はそれでいいの? もう、私に人を殺させるのはやめにすると――」


「殺さなくても方法くらいあるだろう? だってキミは、『希望を灯す魔剣エクス=キャリバー』なんだから。皆が困ったときは、どうかその光で導いてあげておくれ。僕は僕でこの状況を打開する『助っ人』を用意するよ」


「……はい。貴方がそれを『望む』なら――」


ラスティはこくりと頷くと、再びスコットに向き直る。


「で? その元英軍の『人間』が――ボクに何の用だい?」


 その言葉は、先程よりも些か殺気に満ちている。

 スコットは、聖剣を従える元・英雄を相手に怖気づきそうになるのをぐっと堪えて、目を逸らさずに尋ねた。


「どうして……アロンダイトさんの、契約者との記憶を消したんですか……」


「……!」


 スコットの問いに、ラスティは驚いたように目を見張る。

 無論、質問が想定外だったというのはあるだろう。だがそれ以上に、先日この国に来たばかりの『外の人間』が、自分という凶悪犯を目の前に、指の先が震えるほどに怖い思いを我慢してまっすぐに問いかけてきたことに驚いた。

 そして、その瞳がアロンダイトへの優しい想いに満ちていることに驚いたのだ。


 ラスティは、答える。


「全ての魔剣は、幸せになる権利があるからだ」


「理由になっていません。契約者と魔剣の関係はときに家族以上に大切なものだと聞きました。この街を見れば、それが本当だということは来たばかりの僕にもわかる。たとえそれが悲しい思い出だったとしても、他人が消し去っていいものじゃない」


「スコット、あなた……」


「じゃあキミは、今際の際になって無念と後悔を抱えたまま目を閉じるのと、少しでもいいから『あぁ、よかった』と言える思い出を最後に抱いて消えるの、どちらが幸せなんだい?」


 毅然とした態度のラスティに、迷いはない。確かに、そう言われれば多くの者が後者を選ぶだろう。しかし、こと魔剣に関しては、その理論は当てはまらない筈だ。


「それでも彼女は――魔剣は、その刀身が朽ちない限り死ぬことは無い。長い年月を生きていれば、記憶を消さずともそれを乗り越え、それとは別に新しい思い出を得ることが可能なはずです。なのに、何故消した!!」


 鬼気迫る問いかけに、ラスティはふぅ、とため息を吐くと、さもうんざりと言ったように語りだす。


「……人間の、せいだよ」

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