第13話

 英軍の全機撃墜を確認し指令室に戻ろうとしていると、軍部の玄関先でアロンダイトと鉢合わせる。


「スコット! よかった……!」

「あ、アロンダイトさん……?」


 不安から一変、表情を明るくして駆け寄る姿にスコットは思わず赤面してしまう。その様子をにまにまと眺めるダーインスレイヴは、戦闘後とは思えないほどの落ち着きを放っていた。


「どうしてここに? その姿……検査はもういいの? 脳に異常は?」


「私なら平気。それより、空からわずかに血の匂いがしたわ。あなたこそ、怪我はないの?」


「ああ、それはおそらく私の血だな。索敵魔法を行使する際に意図的に自傷しただけだ、問題はない。無論、スコット君にも怪我はないぞ、安心しろ」


 その答えに安堵の息を吐くアロンダイト。互いを心配しあう少年少女の微笑ましい姿に、ダーインスレイヴはスコットの肩を叩いて外套を翻した。


「クラウ=ソラスとアゾットへは私から報告しておこう。キミはアロンダイトを頼む。検査着のままでいるところを見るに、何かあったのではないか?」


「それは――」


 『どうしてわかったの?』という眼差しに、暗黒魔剣は微笑んだ。


「私と喧嘩をすると、娘もそういう顔をして出て行くからな――さぁ、お邪魔虫はこの辺で退散するとしようか」


 足元の影に溶けて消えたダーインスレイヴを見送り、ふたりはポツンと残されてしまった。『どうしよう?』と顔を見合わせる沈黙を破る術をスコットは知らない。


「どこ、行く?」


 まるでデートコースの相談をするような問いかけに、スコットは『ええと……』とたじろぐばかりだ。さっきまではあれだけアロンダイトと共に戦いたい、などと息巻いていたのに。女子とふたりきりになった途端にコレ。だからスコットは童貞なのだ。


「お腹空いたんじゃない? 色々あって遅れてしまったけど、ランチにしましょうか? カフェタイムなら軽食を出してるお店もあるだろうから。街を案内してあげる」


 ごくごく自然に差し出された手に、思わず固まるスコット。


(えっと……握っていいの? この、握ったら潰れちゃいそうな華奢な手を?)


 戸惑っているのに気が付いたのか、アロンダイトは赤面しながらパッと手を引っ込める。


「あの、そっ、そういうつもりじゃなくて……! おやつどきになると通りが混みだすから、はぐれないようにと思って……!」


「あ、ああ。そういうことね……」


「さ! 行きましょ!」


 それでもなお握り返せないヘタレなスコットの手首を掴んで、アロンダイトは歩き出した。


(な、なんかくすぐったい……)


 掴まれた手首は少しひんやりとしていて、歩くたびに細くて滑らかな指先が肌の上で滑るから、こそばゆくて仕方がなかった。


「あの、アロンダイトさん? 案内してもらっているところ悪いんだけど……その恰好のままでカフェに入るの?」


「え?」


 いまだ検査着姿であることを指摘すると、アロンダイトは俯き、さっき以上に顔を赤くする。どうやら完全に失念していたらしい。


「ちょ、ちょっと待ってて……!」


 アロンダイトは近くにあったブティックに入ると服装を一新して再びあらわれた。


「はぁ……スマホの電子決済が使えて助かったわ。お財布と荷物、明日アゾット様のところに取りに行かないと……」


 息を切らしているところを見るに、相当急いで着替えてきたらしい。結っていない髪はふわふわと跳ね、パフスリーブのワンピースは襟の端が捲れている。

 でも、それでも……


(わ。可愛い……)


 呆けるくらいに、アロンダイトは可愛かった。


 適当に選んだと思われるコーディネートにも関わらず、周囲の人間と比べると圧倒的に華がある。なにせ彼女自身がそこにいるだけで可憐な花のような存在なのだ。着る服なんぞなんでも構わない。


「お待たせ。さぁ、行きましょうか? 私のお気に入りのカフェがね、この先にあるの。パンケーキは好き?」


「うん、好き……」


「じゃあ決まりね! そこはフレーバーティーが沢山選べて飲み放題なの。英国出身のあなたでも楽しめると思うわ。あ、でも。紅茶はストレートで飲む派かしら?」


「ははっ、何それ。英国出身は紅茶にうるさいって? そりゃあ個々に好みは別れるけど、そんなソムリエかぶれみたいな無粋な真似、デートでしないよ」


「……! で、デートって……!」


「……あ。」


 なんだかデートみたいだなぁ、と思っていたのがついぽろっと出てしまった。慌てて否定しようとすると、アロンダイトは予想外にも――


「……私、そんなのしたことないから、よくわからない……」


 繋いだ手を、きゅっと心細そうに握ったのだった。

 恥ずかしそうなその横顔に、スコットはへにゃりとした笑顔で答える。


「僕もだよ」


「え? あなた、仮にも紳士の国出身でしょう? エスコートは得意なんじゃないの?」


「それこそ偏見だよ。お国柄ハラスメント! キミこそ、そんなに可愛いのにどうしてデートの一回もしたことないのさ?」


「ちょ、可愛いって……! 道端でそんなこと言わないで……恥ずかしいなぁ、もう……」


「そっちこそ、そうやってるとただの女の子にしか見えないよ? 襟付きのワンピースを着て、パンケーキが好きだなんて。昨日僕を颯爽と助けたカッコイイ騎士様はどこにいったの?」


「ふふっ、何それ! 騎士がパンケーキを好きじゃダメなわけ?」


「あ、ねぇ。そのお店、美味しいスコーンはあるのかな? あったら付けてもいいかい?」


「はいはい。チョコチップでも、ラズベリーでも、好きにして」


「やったぁ! でもね、スコーンはなんといってもプレーンが一番さ!」


「やっぱりソムリエなんじゃない? 味にうるさいスコーンソムリエ」


「これは……! 違うってば!」


「ふふふっ……!」


 人と魔剣とが行き交う雑踏でそんな他愛ない会話をしているうちに、アロンダイトには再び笑顔が戻ったのであった。


 案内されたカフェは、テラス席のある小洒落感満載なところだった。

 南国風の大きな葉が揺れる植木鉢と、天井でからから回る風車のようなオブジェが爽やかさを感じさせる。

 スコットはそんなところに来るのは生まれて初めてだった。

 しかも、女子とふたりで。


(やっぱり、可愛いなぁ……)


 目の前で美味しそうにパンケーキを食べる姿、紅茶に口をつける姿のどこを切り取っても絵になりそうだ。題名は『午後の紅茶と美少女』。そういう、彼女の横顔ばかりを撮る写真家になら是非なりたい。


「……食べないの? 紅茶、冷めちゃうわよ? それとも猫舌?」


「あ、ああ……! そんなことないよ、いただきます」


 見惚れているうちにぬるくなった紅茶に口をつけていると、突如としてスコットの通信機に緊急伝令が走る。


 ビーッ。ビーッ……!


 耳に響く、イヤな周波のアラート音。余程急ぎの案件らしい。


「ちょっと、ごめん」


 届いていた将軍からの伝言を確認するスコットの表情が、みるみるうちに青くなった。


「なんだって……!?」

「どうかしたの?」


「上官から伝令があって、それで――」


 不思議そうに顔を覗き込むアロンダイトに、スコットは震える唇を開く。


将軍ジェネラルが、更なる武器の使用を許可したらしい。半径百キロは身の安全が保障できないから、生きているなら至急その場を離れろって。でも、そんな威力と範囲の兵器なんて――」


「とにかく、指令室へ急ぎましょう!」


「うん……!」

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