新米主人公アルシェス、真の主人公になる為の旅に出る

まゆほん

第一部 少年主人公ラギとその仲間達の物語

第1話 アルシェス、主人公になる

 これは、とある主人公達の物語である。物語、とは言っても、この物語に出てくる主人公達は、まだ世の中のお話に出てくる前の主人公達である。つまり、自分達が本当の主人公となる前のお話である。


 ここに、とある物語の主人公となるべき人物、アルシェスという名前の少年が居た。純粋で頑張り屋のアルシェスはまさに王道の主人公の素質を持っていた。そして、今から始まらんとする自分の物語に心を躍らせていたのであった。

さあ、彼の物語を始めよう……、


 とその前に今から始まるのは、彼が主人公となる前のお話である。主人公の卵、アルシェスがどのようにして立派な主人公となったのか。まずは、そのお話から始めるとしよう。



 ここは主人公達の街。物語の主人公や登場人物たちが集っている。彼らの物語は世に出る前や、既に公開されていても、ちょっとした骨休めの為に自分たちの物語を抜け出して、ここに滞在する者達もいる。この街では、彼ら主人公達は互いに意見交換をして、切磋琢磨しているところであった。そして、ここは街の中心にそびえ立つ一際大きな建物。いわゆる、王様が君臨するお城であった。そして、そのお城の大広間に二人の人物が対面していた。


「……ゴホン」

 そこは、厳かな王座の広間であった。広間は数多の装飾品で煌びやかに飾られていた。そして、広間の中央には、老年の王が坐していた。その風貌は幾度もの戦歴を積み重ね、民の為に力を尽くしたという証が確かに刻まれていた。そして、王の前にいるのはこの物語の主人公アルシェス。十代半ばの少年で、栗色の髪の毛、少年のあどけなさの残る顔立ちに冒険者のような装いをした、これぞ異世界ファンタジー系の主人公というような風貌であった。少年アルシェスは王に対して跪き、頭を垂れていた。

「……」

 アルシェスは跪き、冷静沈着を装っていたが、その心は躍っていた。

数多の主人公達がここで自らの物語を王より授けられる。王はこの世界の神とか、創造主とも呼ばれる存在であった。この国の民からは通称、物語王と呼ばれることが多かった。しかし、謎に包まれた存在であり、民(主人公たち)が自分の物語を与えられる時にしか謁見を赦されていなかった。そして、この日、遂にアルシェスもまた、この城に招かれ、自らの物語を与えられることになり、アルシェスは期待で胸をいっぱいにしてここにやってきたのだ。

「アルシェスよ。面を上げよ」

 王は重みのある声でアルシェスに話しかけた。アルシェスはゆっくりと顔を王に向けた。アルシェスの顔は希望に満ちていた。

「アルシェス。これから始まるのは、そなたの物語だ」

「はい!」

 アルシェスは元気よく返事をした。

「……と、言いたいところだが」

 王はそこで言い淀んだ。

「王様……?」

「そなたにはまだ主人公としての自覚が足りぬ……」

「そ、そんな……。僕は主人公になれないってことですか⁉」

 アルシェスはみるみる不安そうな顔になっていった。

「何が僕には足りないんですかっ!」

「それはワシが教えてやることは出来ぬ。自分自身で見つけなければならないのだ」

「自分で見つけるって言っても……」

 アルシェスは肩を落とした。

「そう案ずるな。ここは数多の物語の主人公達が集まる街だ。アルシェスよ。この街で主人公達と出会い、彼らから学ぶといい。そして、自らに足りぬものに気付き、それを身につけて戻ってくるのだ」

「は、はい……!」

 アルシェスは自らに足りないもの、と言われても今一つピンと来なかったが、ともかくここで王に認められなければ主人公になることが出来ない。アルシェスは意を決して、顔を上げた。

「では、早速行って参ります!」


 アルシェスは敬礼すると、足早に王座の広間から外へと出ていった。王はその姿が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。そして、姿が見えなくなると、急に王座の上で胡坐をかき、寛いだ格好になった。そこにはもう、厳格な王様はおらず、ただの定年を過ぎて暇を持て余している老人の姿だけがあった。

「ふう……、何とかごまかせたかのう」

 老人は隠し持っていた愛用の葉巻をふかせていた。

「まさか、お前の物語はまだ考えてないから、ちょっと待っててくれ、なんて言えんしのう」

「さて、面倒くさいが、あやつめの物語でも適当に考えてやるとするか」

 老人は口から大きな煙を吐き出した。

「やはり、王道ファンタジーものかのう。しかし、SFも捨てがたい。いや、ここは思い切って学園恋愛ものとかに……」

 老人は手を頭の後ろで組みながら、広間の天井を見ていると……。

「あのう……」

 老人の目の前にあの旅立ったはずの少年が立っていた。老人はびっくりして王座から転げ落ちそうになった。

「な、何をしているのだ、アルシェスよ!早く、主人公達に会いに行かんかいっ‼」

「は、はいぃぃぃ!‼」

 一喝に伏されたアルシェスはそそくさと広間を後にした。


「はぁ~。怖かった。やっぱり、物語王って怖いなあ」

 アルシェスは王の広間を後にし、城の中を当てもなく彷徨っていた。

「でも、僕に足りないものって何だろう。主人公達と会うって、具体的にどんな人と出会えば良いんだろうなあ」

 アルシェスは考え事をしながら歩いていると、目の前にアルシェスと同年代くらいの赤髪の少年が腕を組んでこちらの方を見ているのに気が付いた。見た目こそは少年であったが、使い古された旅人風のマントを身に纏い、由緒がありそうな剣を腰に差しているところを見ると、只者ではない雰囲気を感じさせた。アルシェスはすぐに彼も主人公の一人なのだと気付いた。アルシェスはここは主人公見習いとして学ぶために彼に話しかける事にした。

「あのう。こんにちは。もしかして、主人公さんですか?」

 アルシェスは恐る恐る、少年に声をかけた。

「ああ、そうだよ」

 赤髪の少年は、はにかみながら答えた。どうやら、彼もアルシェスに話しかけたかったようであった。

「俺の名前はラギ。君の言うとおり主人公なんだけど、まだ半人前さ」

「そうなんだ。僕はアルシェス。僕も同じ。主人公にまだなれなくて、主人公さん達から主人公としての心得を教えてもらわなきゃいけないんだ」

「主人公としての心得か……。俺はあまり考えたことも無かったが、きっと必要なことなんだろうな」

 ラギはそう言って、うんうんと納得していたようだった。

「ねえ。ラギが主人公の物語ってどんなお話?」

 ラギは戸惑ったような顔になり、言いにくそうに話した。

「悪いな。俺の物語はあまり話しちゃいけないことになってるんだ。ほら。俺達の物語って世間的には未公開だろう?」

「あ。そっか。ごめん……」

 ラギは申し訳なさそうな顔をして、俯いているアルシェスを見た。そして。

「俺もまだ詳しくは分からないけど、少しだけなら……」

「うんうん!」

 アルシェスは興味深々といった様子でラギを見つめた。

「どうやら、まずは人探しが目的みたいなんだ。まあ、何というか、その……、いわゆるヒロインってやつをな……」

 ラギは照れ臭そうに頭を掻きながらそう言った。

「おお、ヒロイン!何だか王道の展開だね。もう既に面白そうな気がするよ!」

「これだけで過大評価しすぎだ」

 ラギは呆れて、アルシェスを見た。

「ありきたりな展開だと思うけどな」

 アルシェスは突然、何かを閃いたようにこぶしをポンっと打った。

「そうだ。今からそのヒロインさんに会いに行こうよ!」

「えっ⁉」

「ほら、共演するんだから、楽屋挨拶のようなことしとかないといけないでしょ?」

「うーん。でも、物語が始まる前に会ってしまうのは、何だか気まずくないか?」

「大丈夫、大丈夫。きっと向こうも会いたがってるよ。それに僕も主人公とヒロインの出会いを見て、勉強したいし!」

「出会いを勉強って……」

 明らかにアルシェスは興味本位で言っているようだったが、ラギも観念して渋々従うことにした。

「確かにヒロインの人となりを知っておくのも良いかもしれないし。分かったよ。ヒロインに会ってみようか」

「やったー!」

 アルシェスは飛び上がって喜んだ。

「でも、ちょっと待ってくれないか。俺はここで人と会う約束をしてたんだ」

「分かった。ここで待ってたらいい?」

「あー、そうだな」

 ラギは少し考えてから言った。

「そうだ、アルシェス。君は主人公としての心得を身に付けたいんだろう?だったら、ベテランの主人公に会ってみないか?実は俺がこれから会うのはその人なんだ」

「え。ベテランの?何だか緊張するけど……」

「大丈夫。俺の知り合い、というか師匠なんだけどな。俺の物語にも登場する人なんだが、実はその人自身も昔から主人公をしてる人なんだ。きっとベテランの主人公として俺達にいろんなことを教えてくれるはずだ」

「うん、分かった。じゃあ、その人に会ってみよう」

 こうして二人はまずはラギの師匠のベテラン主人公と会うことになった。

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