精霊たちの大運動会 アイーシャの契約精霊
晴れ渡る青空、どこまでも続くかのように思われる広い芝生。
水、土、火、風、光、闇、全ての属性についての魔法石が取り付けられた精霊にとって完璧としか言いようのないイスペリト公爵家のお庭にて、精霊たちがわちゃわちゃと騒いでいた。
騒ぎの中心にいるのはもちろんアイーシャの契約精霊であり、光精霊王たるエステルだ。
「《これより!第57回、精霊大運動会を開催するわ!!》」
『《わああああぁぁぁああああ!!》』
響き渡るような愛らしい歓声が巻き起こり、辺りは賑やかなものになる。
「《ふぁう………、ねむい~………》」
けれど、1匹の精霊、マイペースな闇の精霊王ユエだけはのびのびと自由気ままにあくびをしていた。そんなユエを見たエステルが、青筋を立てて微笑みながらユエに近づいていく。
「《ユエ。あなたは精霊王なのだから、ちゃんとしなくてはダメじゃない。ちょっとはこの、光の精霊王エステルを見習ったらどうかしら?》」
「《………エステルは、好きにすればいいじゃん。僕はぜ~ったいに参加しない。僕には関係ないから、構わなくていいよ~》」
のびのびとまた大きなあくびをしたユエに、エステルはにこっと微笑んだ。そして、その様子を周囲で伺っていた精霊たちが苦笑しながら2匹の近くを離れていく。
計57回目の大運動会中の精霊王同士の喧嘩に、精霊たちは驚くでも戸惑うでもなく、慣れきってしまったのだ。周囲でお花の蜜のジュースとお花の種のポップコーンを片手に楽しく観覧するだけの余裕を持ち合わせていた。
「《へえ?尻尾を巻いて逃げるのね。ちょっとは精霊王の廃るって思わないのかしら?》」
「《………ねえ~、エステル。僕に喧嘩売ってるわけ~?》」
「《うふふっ、どうかしら?》」
エステルが楽しげに笑ったのに合わせて、ユエが可愛らしい小さな右手を空へと浮かべる。そこから雷雲が集まっていき、周囲は不穏なものへと変化を遂げる。
「《………。………我に従いし暗黒よ。光を飲み込め》」
ーーーがうっ、
ユエの放った闇がぐわっとエステルを飲み込まんと動き、エステルがころころと笑いながら光で応戦をする。
周囲には精霊たち全員によって張られた強固すぎる結界が存在しているために、周囲の物や風景が壊れることは決してない。けれど、2人の間にはとても不穏な空気が流れ続ける。
「《大体ね!あなたはいっつも根暗なのよ!!アイーシャに可愛がられているからって調子に乗るんじゃないわよ!?》」
ーーーバリバリバリっ!!
「《それはこっちの台詞だね~。いっつもにこにこにこにこ猫を被って、良い子ちゃんってそんなに楽しいの~?》」
ーーードーン!!
「《!! ほんっとムカつく!!》」
ーーーガッシャーン!!
「《それはこっちの台詞だよ~》」
ーーーバーン!!
2匹の精霊王が全力を出し合っている風景を、他の精霊たちは何も考えずに見つめ続ける。この大運動会、実質のところは、主人の手前本当は折り合いが悪くても仲良くせざるを得ない精霊たちの本音をぶつけ合う、そんな大会なのだ。
「《ほんっとうにムカつく!!》」「《本当にムカつくよね~》」
精霊王たちの不毛な争い、それは空がオレンジ色に染まるまで続くのだった。
▫︎◇▫︎
2人の精霊王の戦いを観戦中の精霊たちの中で、エステルとユエに次いで仲の悪い精霊2匹が、ちょっとしたことで揉め始めていた。
「《僕の隣で暑くしないでよ!!フー!!》」
「《そっちこそ!私の隣で冷たくしないでよ!!アクア!!》」
アイーシャの契約精霊であり炎の高位精霊フーと、同じくアイーシャの契約精霊であり水の高位精霊であるアクアは、性格がとても似ている故に、ぶつかってしまうことが多かった。どちらかが少し譲ればいいところで、どちらも我を通そうとするために、ちょっとしたことで大きな喧嘩になってしまうのだ。
今日の喧嘩の理由も、見ての通りしょうもない問題だ。水の精霊であり涼しいところを好むアクアと炎の精霊であり熱いところを好むフーが隣同士に座ってしまったが故に、温度がぶつかって普通の人間からしたらちょうどいい温度になってしまっているが故に、2匹ともそれが気に入らないのだ。
「《あーあー、まーた始まったよ。どうする~、エアデ~》」
「《どうするもこうするもないわよ。周囲に影響が無ければ、さして問題もないし、放っておけばいいわ。ヴィント》」
「《りょうか~、うわっ!!》」
姉御肌な土の高位精霊エアデとのんびりでマイペースな風の上位精霊ヴィントが穏やかに会話をしているところに、水の球が飛んできてヴィントがびしゃんこになった。
「《………2人とも、いい加減にしなさーい!!》」
「「《びゃああああぁぁぁ!!》」」
土の矢がたくさん飛んできて、水と炎の精霊はビクッと身体を震わせて戦いを辞めた。
「「《ご、ごめんなさあーい!!》」」
2匹の精霊の悲鳴は、夕方のオレンジ色に染まった空に高く高く響き渡っていった。
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