第44話

▫︎◇▫︎


 それから3日後ディアン王国は極々自然に滅んだ。

 国王は度重なる災害によって心労のため倒れ、王が倒れたことで正気を失った王妃は自殺した。国民達は次々に国を捨てて隣国へと逃げ込み、どうにか生活をしようと躍起になって働いた。王太子たるクロードとその婚約者たるライミーは、フェアリーン王国の王族への不敬罪に問われて鉱山送りになった。


 アイーシャはそれら報告を聞き、静かに10日前まで住んでいたディアン王国にある屋敷の刺繍を刺し始めた。両親との思い出の詰まった邸宅は、災害の際に火に飲まれて消えてしまったらしい。


「アイーシャ、それは何?」

「!?」


 唐突に後ろに現れたサイラスに、アイーシャはビクリと身体を揺らした。


「………ディアン王国にあった邸宅よ。忘れないうちに刺しておこうと思って」

「………………君にとって嫌な記憶の場所ではないのかい?」

「両親がいた頃は幸せだったもの。それに、ライミーが来てからも、時は進んでいたわ。わたしはそれを無かったことにはしない。今は苦しくて辛くても、いずれ乗り越えてみせるわ。これはその証」

「そっか………」


 アイーシャの意思の強い瞳に射抜かれたサイラスは、穏やかに微笑んだ。


「アイツにわたしの刺繍が必要って言われたの、むかついたけれど、わたしそこそこ嬉しかったのよ?だってずっと無能無能って呼ばれていたのに、有用だって認められたみたいじゃない。でも、帰ってなんてあげない。無能は要らないって追い出したのはアイツらだもの。だから、わたしは大好きな刺繍で大好きなこの国を守るわ!!」


 アイーシャはにっこりと勝ち気に微笑んで見せた。


▫︎◇▫︎


 5年後、新たな王と王妃を戴いたフェアリーン王国にはかつてないほどの平和が訪れていた。それは一様に精霊に愛されし王と王妃のお陰だということを、国民の誰しもが知っていた。

 王たる白に近い銀髪に氷のような冷たい水色の瞳を持つ王は、賢く強い望んでも手に入らないような完璧な王で、王妃は夜空のように澄み切った黒髪にサファイアのようなキラキラとした瞳を持っており、精霊王に気に入られたこの国の初代王妃と同じく、“精霊の愛し子”と呼ばれる精霊に特別愛された特別な人間だ。


 おしどり夫婦としても有名な国王夫妻は、何年経っても新婚真っ盛りで幸せな家庭を築いたと有名だ。王は国を守りながらも家族を1番に大切にし、夫婦の鑑だと評され、王妃は子宝に恵まれた。


 この2人が国の頂点に立つ間、戦争や災害は1度も訪れることはなく、豊穣で子沢山だった。餓死者も過去最小で歴代最高の国王夫妻だと謳われた。貧民街もなくなり、国は清潔で笑顔に溢れていた。


「ねぇサイラスさま、わたし、今とっても幸せよ」

「そうか、でももっと幸せにするから覚悟しろよ?」

「そうね、貴方にプロポーズされた時にもうこれ以上幸せなことはないって思ったのに、幸せなことがたくさんあったわ」

「それならよかった」


 国王たるサイラスと王妃たるアイーシャは今日の朝も仲良く笑い合った。お決まりの会話も、毎日熱がこもっていく。国王夫妻はどちらからともなく熱い口づけを交わし合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る