第19話

 エステルは、満面の笑みで任せてと言わんばかりに頷いたアイーシャに、ほとほと呆れた。アイーシャはいつも『分かってるわ』と答えるにもかかわらず、エステルがブチギレル必ず朝の3時まで『あとちょっとだけ』と言って作業を続けるのだ。


「《アイーシャ、今日は是が非でも12時には強制的に寝かせるわよ》」

「えぇ、寝るためにも集中して作業しなくちゃね」

「《全く以て寝る気がないわね………》」


 アイーシャに甘い自覚のあるエステルはそっと溜め息をついて、アイーシャの雪のように真っ白な精霊をも魅了する作品を作り出す手をじっと見つめた。アイーシャは今小花の刺繍を終えたところだったが、リアルなのに可愛らしい今にも動き出しそうな熊が、小花に囲まれているという光景は妙にマッチしていてメルヘンチックだった。


「《それで完成?》」


 夜の10時、作業を始めて1時間ほど経ってアイーシャは初めて長い糸をハサミでチョキンと切った。


「えぇ、1つ目は、ね?」


 もう1つ作る気満々な主人に、エステルはこれ見よがしに大きな溜め息をついた。


「《ねぇアイーシャ、あなた本っ当に、12時までに寝る気あるの?》」

「えぇ、あるわ。一応寝る気あるわよ」


 妙に“は”のところを強めて言ったアイーシャに、エステルは諦めにも近い残念な心情を抱いてこれまた溜め息をついた。母親の形見たる裁縫箱が無くなったり、刺繍ができなくなったりすれば、いとも簡単にすっぱりと命を手放してしまいそうなこの愛しの主人を止めることのできる大胆不敵な人間や思いっきりのいい精霊は、この世には決して存在していないだろうと。

 結局アイーシャは朝の1時まで作業をしていた。エステルはアイーシャの新たなる作品が見たいという誘惑に見事大敗したのだ。


「《うぅ、負けた。この光の精霊王たるわたしがまた負けた。うぅ~………》」

「おやすみなさい、エステル。手伝ってくれてありがとう」


 そんな悲嘆にくれているエステルをすっぱりさっぱり無視したアイーシャは、ルンルンといったご機嫌な様子ですっぽりと布団を被って、1分もしない内にすやすやと寝息を立て始めてしまった。


「《エステル~、いい加減諦めたら?》」

「《いいえ、わたしは精霊王なのよ。本当ならば負けるはずなんてないの。今日は調子が出なかっただけ。だから、次こそはぎゃふんと言わせてやるの!!》」


 ユエのアドバイスをなんの躊躇いもなく無視したエステルは、眠っているアイーシャの上でぐっと拳を握った。


「《あぁ~あ、また無様で見事に負けるだけなのに~》」

「《ユエ?》」

「《ひぃっ!!つ、次こそ惨敗じゃなくてどうにか勝てたらいいね!!》」


 エステルの満面の笑みを受けたユエは、またまた墓穴を掘ってエステルに追いかけられることになり、他の上位精霊、炎の上位精霊フー、水の上位精霊アクア、土の上位精霊エアデ、風の上位精霊ヴィントは見慣れたように温かな表情でその光景を眺めた。そう、これはアイーシャの契約精霊のアイーシャが眠った後のごくごく一般的な日常の風景なのである。


「《いーやー!!》」

「《待ちなさい!!ユエ!!》」


 今日もアイーシャの心強いお友だちこと契約精霊達は、有り余るほどに元気である。

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