一目惚れは人を本気にさせる

親知らずの虫歯

初めまして一目惚れ

「テストの手応えどうなん?」


「全然。赤点あると思うわ」



 自転車を漕ぎ始めて最初の話題はやはり中間テストの感想だった。


「だよな……大地テスト期間も全然理解出来て無かったもんな……」


 なら聞くなよ。と突っ込みたくなる。



「そう言う小林はどうなんだよ?」


「俺?まあ最初だし、まあまあだな」


 そのまあまあがどれぐらいなのか出会って1ヶ月の友達ではまだつかみきれない。


 てか、高校最初のテストで赤点とか言ってる俺、マジでやばくね?


 結果帰ってきて小林の点数良かったら教えてもらうか。



「で、今日はどこのカラオケ行く感じ?」


「そうだな、前から気になってたとこが1つあるけど」


 今日の放課後はテストの打ち上げもかねてカラオケに行こうと言っていたのだ。


 今はそのカラオケ屋に向かっている最中である。


「けど?」


 その言い方は何か含んでるよな?


「ここから結構遠いんだよな」


「どれぐらい?」


「宇都宮駅の近く」


「あー」


 確かに結構遠いな。



 ここは宇都宮でもかなり南の方にあるから自転車で全力で漕いでも30分以上掛かる。


「でも、カラオケ屋ってどこも同じぐらいじゃね?」


 宇都宮のカラオケは宇都宮の市街地にしか無いのであまり変わらないのだ。


「じゃ、今日はそこにしようか」


「了解」



 というわけで行き先が決まり、自転車のスピードを上げた。


 カラオケか~結構久しぶりだな。前に行ったのは4月だった気がする。


 てことはあれからもう1ヶ月は経ってるって事だな。


 左右に見える田んぼも既に緑色になり、太陽の反射で水面が光っている。


 生まれてまだ15年だが(もうすぐ16)既に時の流れが速く感じている。もうじじいだな俺。



 自転車を本気で漕ぎ始めて30分。


「はあ、はあ、着いたな……」


「そ、そうだな……」


 久しぶりのカラオケが楽しみすぎて全速力で漕いでしまった。


 お陰で予想時間よりも早く着いたが、その分俺達の体力が限界に近かった。


「今度一緒に運動するか……」


「そうだな……」


 高1で運動不足は情けなさ過ぎる……


「とりま、早く部屋に入ろうぜ」


「OK」



 俺が先導する形で店内に入る。


 今はまだ昼過ぎだということもありあまり混んでいないようだ。


「いらっしゃいませ」


 受付カウンターにやって来ると金髪のグラマーな店員さんが甲高い声で出迎えてくれた。


「お時間どうなさいますか……」


 店員さんの丁寧な対応によりスムーズに時間、部屋が決まった。


「ドリンクバーは各階にありますのでご自由にお使いください。ではごゆっくり~」


 最後に笑顔で締めくくる。良いですね。大人の女性の笑顔。


 店員さんに見送られながら指定の部屋へと向かった。



「は~疲れた!!」


 部屋に入室するや否や俺達は体力を回復するためにそれぞれ長椅子に寝そべった。


 空いていたこともあり、俺達の部屋は2人で使うには広めの部屋だった。


「5分くらい休憩しようぜ」



 小林の提案に乗ることにした。


 眠るのは止めよう。そもそも、モニターから流れてくる音が大きすぎて無理だし、料金が勿体ないからな。


 というわけでスマホをポチポチいじることにした。



 5分後。


 十分に体力が回復した俺達はようやくタブレットを使って曲を入れ始めた。


 片方が選曲している間にドリンクバーに好きなジュースを取ってくる。


「今日もオレンジジュースなんだな」


 俺が持ってきたオレンジジュースに突っかかってきた小林。


「悪いか?」


「いや、別に」


 首を横に振り、否定してくる。



「炭酸とかあるしそっちは飲まないのかなって思ってな」


 小林のコップにはコーラがつがれている。


「炭酸飲むと歌ってる間にゲップ出るだろ?俺それ嫌なんだよ」


「なるほどな~」


 まあ、たまにシュワシュワしたくなることもあるから絶対に飲まないってわけではないんだけどな。


「そんなこと言ってないでほら、曲流れ始めたぞ」


 モニターに流れていた広告が消え、小林が選曲した曲のタイトルが大きく映し出された。


 小林はマイクを手に取り、椅子の上に立ち上がった。


「よっしゃ!今日は思いっきり歌うぜ!!」


 一気にテンションを上げ歌い始めた。


 俺も今日ははっちゃけるぞ!!!!



 歌い始めて約2時間。


「やべ……歌いすぎた……」


 ここまでノンストップで歌いまくった俺達。


 小林の声が宇宙人のマネみたいにガラガラだ。



「それな」


 俺の声も負けてねーな。


「ちょっと休憩しようぜ」


「それなー」


 言いながら俺はモニターの音量を下げた。



「折角だし何か注文するか?」


「え、カラオケって高くね?」


 料理の載ったメニュー表を眺める小林。


「そうだけどさ、俺達まだ昼飯食ってなくね?正直腹減っちまってさ。この後また歌うってなったらちと厳しいな」


 そう言われると俺も腹減っていることに気づいた。どんだけ歌うのに集中してたんだよ。


 何か食わんと厳しいかもな。


「じゃ、何か頼むか」



 言うと、小林がテーブルの上にメニューを広げてくれた。


 ポテトにちょっとしたパスタにピザ……どれもファミレスの下位互換にしか見えない……


 その割にはファミレスよりも割高で分かりやすくぼったくってるのが分かった。


 本来なら絶対に頼まないのだが、男子高校生の空腹欲は我慢するという言葉を知らないらしい。


 2人でポテトを2セットずつにピザを2枚。これでも足りないと小林は唐揚げ丼とか言う絶対旨いやつも追加していた。


「そしたら、注文していいか?」


「良いぞ」



 ちょうど俺の方に受話器があったので俺が注文する事になった。


 受話器を取って数秒後。


「はい、フロントです!」


 受話器の向こう側で女性の声が聞こえた。


「あ、注文したいんですけど……」


「はい!どうぞ~」


 女性の優しい誘導に従い、俺は今決めたメニューを1つずつ読み上げていく。


「……以上でお願いします」


「はい!ご注文受けたまわりました!準備に少々お時間が掛かるのでもうしばらくお待ちください」


 そう言うと店員さんが「失礼しまーす」と言って電話を切った。


「少し待てって」


「了解」



 部屋の中はカラオケボックスとは思えないほどシーンとしていた。


 それが嫌になった俺は少しだけモニターの音量を上げた。


 部屋の中に若干賑やかさが戻る。


「それにしても、大地って歌うまいよな~」


「そうか?」


 よく言われるんだが全く実感が湧かない。


「だって、今日使ってるカラオケの機種は採点が厳しいって有名だぞ。それなのに全部90点越えじゃねーか」


「え、それって上手い方なの?」


「上手いだろ!!俺なんか良くて86とかしか取れねーんだぞ!!」


「あんま点数変わんねーじゃん」


 何を興奮しているんだ。


「それに、テレビとかでカラオケやってるといつも95点とか取ってるし」


「それはプロが歌ってるからだろ?素人のお前が90点取れてるのは凄いんだよ」


 そう言われるとそんな気がしてきた。確かに、テレビに出ていた人達は皆、曲を出している人達しかいなかったような気がする。



 なら、誇っても良いかもな。急に自信が湧いてきた。


「じゃ、何か歌っちゃおうかな~」


 完全にノリノリだった。


 こんなにもタブレットを操作する指が軽いとは……


「なんかムカつくな。急に自覚しやがって……」


 小林の妬みが聞こえてきたような気がしたが放っておこう。


 操作画面はあと曲を入れるだけの所までやってきた。



 ボタンを押そうとしたその時。


 コンコンと扉を叩く音が聞こえた。その音がして間もなく部屋の中にこのカラオケの制服を着た女性が入ってきた。



「注文頂いた品をお持ちしました~」


 黒のタイトスカートに黒のベスト。ベストから見えるYシャツと首元から下げられたネクタイ。それを身に纏う彼女。



 髪型はうごきやすくするためか黒髪を頭の後ろで1つにまとめていた。


 顔立ちは太めの眉毛にスラッとした鼻先、口も同様に小さく、そのすぐ側にある頬はほどよい肉付きをしていた。


 体付きはまあまあだが、十分に膨らみも見えるしタイトスカートのお陰かしたも良い感じにプリッとしている。



「ありがとうございます」


 扉の側に座っていた。小林が料理の載ったお盆を受け取った。


 なんでそんな平然と受け答え出来てるんだよ。俺なんか彼女が入ってきて来てから目しか動いてねーぞ。しかも、その目ですら彼女から離れねーんだわ。



「すいません。後もう1つあるので取ってきますね」


 あーなんて可愛い笑顔。さりげない感じがさらに可愛いじゃん。


 開けっ放しにされた扉からいなくなったかと思えば小走りで戻ってきた。


「お待たせしました。これでご注文の品は以上です。お間違い無いですか?」


 ひぇっ、顔がこっち向いた。



「は、はい……間違いない……です」


「ならよかった。でわでわごゆっくり~」


 笑顔を振りまいたかと思えばそのまま扉を閉めて去ってしまった。


 あ〜もうい無くなっちゃうの……


 内心結構残念に感じてる。



「うひょ~割高なだけあるな。結構上手そうじゃんってあれ、大地?」


「…………」


「大地さん??」


「…………」


「近藤さん??」


「……へ?」


「やっと帰ってきたよ。飯食わねーと冷めちまうぞ?」


「あ、ごめん……」


 何だ?俺、ボーッとしてたのか?しかも扉を見つめながら……


 先に食べ始めていた小林のマネをして俺も食べ始める。


 見た目はまあ、良いんだけど。やっぱりファミレスの下位互換だな。一口でそう思えるぐらいの味だった。


「うめ~やばいな。この店は料理が上手いって有名だって聞いてたけどかなり上手いじゃん」


「え?あんまりじゃ無い?」


 小林、正気か?



「ファミレスの方が上手くない?」


 頭の上に?マークを浮かべる俺。


「いやいや、ちゃんと味わって食えよ。ファミレスなんか足下にも及ばないぐらい上手いじゃん」


 マジで?


 さすがに信じられないのでよーく味わって食べてみよう。


 一口……


 ん?上手いかもしれない。


 頭ではまだ疑問形だが、体は二口目を求めていた。


「上手いかも……」


「だろ?この店は料理が上手いって有名なんだ。まあ、その分割高なんだけどな……」


 小林が語っている間にピザが食べ終わってしまった。


 マジか、ホントに上手いじゃん。でも、なんで最初は普通以下みたいな評価をしてしまったんだろう。


 ポテトを食べながら考えていると小林が不思議そうにこっちを見ていた。


「どうした?」


 気になったので聞いてみた。


「どうしたはこっちのセリフだ。さっきの店員さんが来てからなんか変だぞ?」


「どこら辺が?」


「なんか上の空って言うか正常に脳が働いていない感じがする」


「マジ?」


 どうしちまったんだろう俺。



「何だろうな。さっきからあのお姉さんの姿が脳内から無くならないんだよな」


 小林になら相談出来るかな?と思い今の俺の状態を聞いて貰う事にした。


「今まで出会った女の人とは違う何か?全く異なって見えたんだよ」


 小林も俺の事のように考えてくれている。


「それ、一目惚れじゃね?」


 そして、出来た答えがこれだった。


「一目惚れ」


 その言葉がピンと来なくて聞き返してしまった。



「そ、一目惚れ。俺もまだ一目惚れはしたこと無いが、アニメとか漫画だと今のお前のような状態になってる主人公がよくいる。で、そいつらは決まってその人を恋人にしたいって思うんだ。お前もそうか?」


「た、確かに、俺も恋人にしたいって思ってるかも……」


 段々と俺の頭の中のモヤモヤが無くなっていく気がした。


「じゃあ、決まりだな。お前の今の状態はあの店員さんに一目惚れしてるんだ」


 こ、これが一目惚れ……


 全く実感が無い……


 でも、確実なのは今まで出会ってきた女の人の中で1番気になっている人だと言うこと。


 だが、初対面で一瞬しか見てない人の事をそう思うだろうか?


「まあ、今はその気持ちを抑えて、カラオケの続きと行こうぜ!!」


「お、おう……」


 小林は俺からタブレットを取り上げると俺が歌おうとしていた曲とは別の曲を入れた。


 小林の歌声が部屋中に響いている間も俺の脳内から彼女の姿が離れることは無かった。



 その後も時間いっぱいカラオケを楽しんだ俺達。いや、途中からは小林1人だけだったけど。


 結構長い時間いたので帰ろうとなり、今はカウンターの前に出来た列に紛れて並んでいた。



「やばいんだけど……」


「何が?」


「あの人がカウンターにいる……」


 小林の陰に隠れて見る視線の先には間違い無くさっき俺達の部屋に入ってきた人がいた。


「やべ……超可愛いじゃん……」


 この時点で俺が彼女に一目惚れしているのは確定した。他にも制服姿の女子とかいるのに俺の視線は彼女にしか注がれてないもん。もう、早く付き合いたい!!!!


 そんなことを思いながら並んでいるとようやく俺達の番までやってきた。


「ご利用ありがとうございます!」


「ど、どうも」



 彼女の側に来た途端俺は変に格好付けようとしていた。(全然格好よくない)


 俺の様子が変だと言うことでお会計の対応は小林がしてくれた。けれど、店員さんと話せて羨ましいぞ。お前はこの人が可愛いって思わねーのか?


「ありがとうございます。また、お越しください!」


 会計が終わり、ニッコリ笑顔をくれた。



 ああ、この笑顔に金を払いたい……


「ほれ、行くぞ」


 小林に背負っていたリュックを引っ張られ強制的に外に連れ出されてしまった。


「小林にはあの人が可愛く見えないのか?」


「見えてるよ。けど、お前みたいに一目惚れまでは行かないな」


「どんな感じなの?」


「普通に教室で可愛い女の子と一緒に話してるときに感じるやつだな。別に好きになったとは思えない友達的な?」



 自転車の所までやって来るとリュックから手を離した。


「でも、羨ましいよ」


「何が?」


「お前みたいに俺も一目惚れをしたいって言ってんの。なんか楽しそうだろ」


「そうかな」


 まあ、楽しいのは間違い無いんだけど。だが、俺の心の中が彼女で埋め尽くされている感じがして少し怖いとも思ってる。


「今日はもう遅いし、また明日会おうな」


 自転車に跨がり、それぞれの家の方向に自転車を向けた。


「じゃあな」


 お互い背を向け。家へと向かっていく。


 その道中も俺の頭の中は彼女の事でいっぱい。


 さーて、どうしたもんか。


 どうやったら彼女とお近づきになれるのだろうか。

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