第15話 第四ステージ

 デザートがてらチョコレートの袋を開け、ボリボリと食べながらスマホを操作する。見ていたのは日用品の購入欄だ。


「箸やスプーンが買えるんなら、他にはなにが買えるんだ?」


 大和はスクロールして商品を見ていく。

 どうやら食料や水は無いようだ。だが、それ以外に生活に必要な物は、大体手に入るらしい。


「お、机や椅子もあるのか。これはいい」


 大和はすぐに購入し、取り出してみる。目の前に出てきたのは、木製の簡素な椅子とテーブルだ。


「やっぱり地べたに座るのは嫌だからな」


 地面に置いていた食料をテーブルに乗せ、大和は椅子に腰かける。座り心地はなかなかいい。

 満足気に笑みを浮かべ、残ったチョコレートを平らげる。

 ペットボトルの水を飲み干し、ハァ~と息を吐く。その時、空になったペットボトルを見て一抹の不安を覚えた。


「あ~水はもっと節約した方がいいかな。買うこともできないし……」


 少し悩んだが、まあいいか、と頭を掻く。まだ四本もあるし、アイテムとして回収もできるだろう。

 大和は楽観的に考え、う~んと腕を伸ばす。


「しばらく休んで行くか、別に急いでもないし」


 大和は椅子の背もたれに寄りかかり、今度はクッキーの袋を破った。


 ◇◇◇


「ねえ、どうするの? ずっとここにはいられないよ」


 絵美が眉尻を下げ、座り込む葉山や西森に話しかける。誰も答えようとしない。

 今いるのは第三ステージと第四ステージの間にある狭い小部屋、セーフティーゾーンだ。

 命からがらここに辿り着き、残っている参加者はたったの六人。

 大怪我をした西森、葉山に青柳、絵美、結菜そして小久保の面々。他の参加者は全員死んでしまった。

 誰もが地べたに座り、うつむいて絶望的な表情を浮かべる。


「ここには水もないし、食べ物ない! 時間が経てば経つほど、私たちは弱っていくんだよ。前に進むしかないじゃない」


 なんとか鼓舞しようとする絵美だったが、結菜と小久保はぐったりと項垂うなだれ、西森ですら口を開かない。

 そんな中、葉山が眼鏡を押し上げ、溜息をつく。


「前に進んでどうするんですか? 僕のショットガンの弾も残りわずか。青柳さんの拳銃の残弾もほとんどないでしょう。そのうえ、僕たちはポイントも獲得できなかった。この先のステージを突破できる可能性は、もうありませんよ」


 葉山は頭を振って瞼を閉じる。本当に諦めてしまったようだ。


「くそ……くそっ、くそっ! なんで……なんでこんなことに。あたしがなにしたって言うんだよ!」


 青柳が手で顔を覆い、吐き捨てるように言う。肩がかすかに震えていた。

 希望を持ちたくても持てないんだ。西森に至っては虚ろな目をして、壁を見つめていた。

 あれほど威張り散らしていたのが嘘のようだ。


「結菜……この人たちはダメだよ。私たちだけで行くしかない」

「絵美ちゃん」


 消え入りそうな声で結菜がつぶやく。


「ここにいたってしょうがないよ。一緒に行こう! 私が結菜を守るから」


 力強く絵美に言われ、結菜は頷いて立ち上がる。


「分かった。例えここで死んだとしても、絵美ちゃんと一緒なら怖くないよ」

「縁起でもないこと言わないでよ。私たちは生きてここから帰るんだから!」


 二人でフフと笑い合う。絵美は座り込む小久保を見た。


「小久保っちはどうする? ここに残るなら、無理に誘わないけど……」


 小久保は一旦うつむくが、意を決したように顔を上げ、立ち上がる。


「ぼ、ぼくも行きます! やるだけやらないと、きっと後悔すると思うし」


 絵美と結菜はパッと顔を明るくし、小久保が来ることを歓迎した。絵美は小久保の肩をバンバンと叩き、


「来てくれると思ったよ、小久保っち! 私たちでこのバカみたいなゲームをクリアしよう」


 絵美たちは座り込む西森たちに目を向ける。


「じゃあね、いつまでもそこに座ってればいいよ。私たちは立ち止まったりしないから!」


 三人が扉の前に立ち、ハンドルに手をかけた時、西森が体を起こす。


「待て! お前らが先に行ったら、ここがどうなるか分からねえ。勝手に動くんじゃねえバカどもが」


 右腕の血は止まっていたが、西森は息も絶え絶えだった。それでも減らず口が叩けるのだから、大したものだと絵美は思った。


「じゃあ、どうするの? 行くの? 行かないの?」


 絵美に問われ、西森は苦虫を潰したような顔になる。チッと舌打ちし、フラつきながらも立ち上がった。

 スマホを片手で操作し、アイテム欄から鉄製の長剣を取り出す。


「行ってやるよ! お前らをおとりにして、俺だけでも脱出してやる!!」

「いいね~調子が戻ってきたじゃん」


 おどけたように言う絵美を、西森はうっとおしそうに睨みつける。

 そんな西森に呼応したのか、葉山と青柳も立ち上がった。


「仕方ありません。確かに、ここにいても死ぬだけですからね。付き合いますよ」

「あたしと葉山しか銃を持ってないのよ。あんたたちみたいな連中じゃ、五分もたたずに殺されるに決まってる」


 二人とも憎まれ口を言うが、一緒に来てくれるなら心強い。絵美は結菜と小久保を見て頷き、扉のハンドルをしっかりと握った。

 力いっぱい回すと、ギィィィと錆びた扉が軋みを上げる。

 重いため絵美が苦労していると、小久保が「僕も手伝います」と言って二人でハンドルを回す。向こうの部屋の空気が流れ込んできた。

 全員で扉をくぐり、第四ステージに入る。

 そこは途轍もなく広い空間。今までクリアした、どの部屋より大きい。

 いくつもの柱が規則的に並ぶ光景は同じだが、部屋全体は比較的明るい。一見すればなにもないように見えた。

 絵美はスマホの"地図画像"を確認する。

 この第四ステージは、右と左で別れていたルートが合流し、交わる部屋。それだけに、今までの空間の倍以上はある。

 絵美の心に、左のルートに進んだ男性がよぎる。

 トレンチコートを着た二十代後半ぐらの男性だったが、恐らくもう生きてはいないだろう。

 大勢の武器を持つ人間がいたこのグループでさえ、ほとんど死んでしまった。

 一人っきりで進んでクリアできる場所ではなかったんだ。小久保が言った通り、止めるべきだった。

 そんな後悔を覚える絵美だったが、いまさら言ってもしょうがない。

 いま考えるべきはこのステージのクリア。そのためにはしっかりと観察し、生き残る方法を探らなければいけない。

 そう思った時、結菜が「あ!」と声を上げる。


「どうしたの?」

「なにか……動いたの!」

「え!?」


 絵美は結菜の指さす方向を見る。柱があるだけだったが、ジッと見ていると柱と柱の間を、

 

「なに……あれ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る