第五章 スズランの芽

ネイド

 本当に、僕はまた行ってもいいのだろうか。僕に、資格はあるのだろうか。


「また悩んでる」


 隣に立つネイドが言った。真昼の空と溶け合ってしまいそうだけど、でもネイドの髪は夜だから、大丈夫だろうなと思いながら、ネイドから森の方に目を向けた。


「悩むよ、でも、自分から動くネイドを見たらぐずぐずしてられないから」


 そう言ったら、ネイドが笑った。背後の入道雲みたい。


 僕はもうぐずぐずできない。いや、ぐずぐずしない。もう決めたから。


「それじゃあ、ぼくはもう行くよ。お悩みユーファくん」


 軽い足取りで歩き出したネイドが楽しそうに言う。これから友情が壊れるかもしれないなんて、到底思えないな。


「ちょっと、置いてかないでよ」


 僕も笑って、ネイドと並ぼうとする。そういえば、誰かと一緒に森に入ることは今までなかった。なんだか新鮮な気持ちだと思いながら、久しぶりの土を踏みしめる。たった二週間なだけなのに、懐かしい気分になる。


 前よりも深まった夏と森の匂いが混ざり合って、くすぐったい。背中を押された気分になる。一緒に行こう。


 夏と手を繋ぎながら、僕はネイドと秘密基地に向かった。



「…って感じ」


 ぼくの話を聞き終えたユーファの顔はびっくりしていて、面白かった。そりゃそうだよな、と勝手に納得する。『約束』をぶち壊したい、だなんて。変なやつだよ。


「なんというか、やっぱり、いやでも言うべきじゃないかも」


 口元を手で押さえながらユーファが言う。


「超気になる」


 ぼくがそう言うと、困ったような顔をしたユーファがぶらぶら揺らしてる足を見ながら、静かになって考え始めた。自分の意見を言うかどうか、結構とまどうのがユーファの癖だと思う。


「僕とちょっとだけ似てるなー、って。ネイドの方が計画性あるけどね」


 にぱ、と笑って、ため息を吐いた。


「あー、あれね」

「…恥ずかしい」

「懐かしいじゃん。スカッとしたよ、あの時」

「ほんとやるんじゃなかった〜」


 あはは、とぼくが笑ってもユーファは恥ずかしそうにしたまんまだ。


「それで、僕はどうすればいいかな」


 それを聞いて、ぼくは悩む。そういえば、どうして欲しかったんだっけ。あれ。


「えーっと。…ちょっと待っててくれる?」

「いいよ」

「ありがとう」


 働け、脳みそ。お前は優秀なんだから。


 Q、ぼくはユーファに何を手伝って欲しいのか。


 最終目標:秘密基地を居心地の良い場所に戻す。


 現在の手段:ネモネとの相談。


 現在の状況:ぼくはユーファに何かを手伝って欲しい。


 最後が議題。じゃあ、今までの行動を思い返そう。今日じゃないことは確定している。思い切って二週間前。通話の日。あの日はどうして話した?


 1、いつもの会話。2、アルガへの説明。3、これからどうするか。


 3には結果がある。それでぼくはこうしている。こうやって、ユーファと話している。


 そういえば、元の目的は「ユーファがまた秘密基地に来てほしい」だった。ぼくは目的を見逃している? でも、今の秘密基地が心地よくないのは本当。いや嘘? そういえばずっと続いてほしいと思ってたこともあった。


 つまり。


「ユーファに、秘密基地に来てほしい」

「元の心地いい秘密基地に戻ってほしい」

「ずっとみんなと、一緒にいたい」


 声に出して言うと、はっきりと輪郭を掴めた。


 これが僕の目的。一番目はユーファを説得すれば済む。でも、後二つはぼくの行動に結果がかかる。やっぱり、約束はぶっ壊れる。


 そんなのもう、やるしかないだろ。


「ユーファは一緒に来ればいいみたい」


 ユーファの方を見た。


「誰かに教えてもらったの?」


 確かに、今の言い方だと誰かに教えてもらったみたいだ。くすくすユーファが笑った。


「あ、間違えた。ユーファには、一緒についてきて、ほしい」


 言い直すと、ユーファは申し訳なさそうに眉を動かして「それだけでいいの?」と首を傾げる。


「むしろ、ノラに来てもらわないとぼくは満足しないよ」

「え?」

「だって『ユーファに秘密基地に来てほしい』と『みんなとずっと一緒にいたい』が達成されないから」


 当たり前じゃないか。


「あ、そっか」


 納得したように頷く。あっさりだなぁ、と思う。案外淡白なところがあったりなかったり。ユーファはつぶやいたきり、なにも喋らず黙りこくった。


「じゃあ、明日。ちょうど休みだし、昼ごろ集合でいい? 森の入り口」


 ちょっと気まずくなって、早口で言う。あ、予定あるかどうかきくの忘れた。


「いいよ。その日なにもないし」


 ギリギリセーフ。危なかった。反省反省。


「よし、あとは明日どうするかかな…」


 ふー、と息を吐き出して、次の議題に立ち向かう準備をする。計画性のないまま十三年生きてきたツケだろうな。


「遠回りで言ってもね…きっと無駄だよね…」


 やっぱり、真正面から立ち向かうしかないんだろうな。


「すっごくいやだな」


 つぶやく。夏の真昼は温度が高くて、頭がぼんやりしてきた。


 ユーファは

「自分からやるのって辛いだろうな」

と、木漏れ日の影を見ていた。彼も無意識なんだろうな。あの時みたいに。


 しばらく、ゆらゆらと遠くの、下の生徒たちが遊んでいる様子を見ていた。久しぶりに一気に話した。頭も久しぶりに使った。疲れる。母さんはいつも、こんな感じなのかな。だから昼寝好きなのかな。甘いものも好きだよね。


「そういえばさ」


 ふと、ユーファが口を開いた。


「昼ごはん食べた?」


 あまりに深刻な沈黙から切り出された話題は、あまりにも軽くて、笑うのも忘れた。そういえば、購買とか行ってなかったな。


「まだ食べてないや。一緒に食べる?」


 ユーファはちょっと驚いて、すぐに笑顔に戻って頷いた。


「終わったと見た」


 ベンチの後ろからニョッキと、誰かが伸びて出てきた。


「ケルヴァ!」


 驚いた顔をしたユーファと一緒に振り向いてぼくは叫ぶように言った。来るとは思っていなかった。って言うかなんでここ分かったの⁉︎


「ちょっ速い速い!」


 十メートルくらい離れたところから、三人くらいの男子生徒が走ってくる。


「おせーぞ、お前ら! 一番遅いのはヴァジのおれのはずなんだがなぁ?」


 ニターっと笑いながら、ケルヴァが男子生徒に対して笑った。三人とも追いついて、各々息を切らし、ケルヴァに文句を次々にいった。


「ダルカ、イードゥ、ウヴ」


 ユーファが驚いた顔のまんまで言う。そういえば、よくこの三人と一緒にいたな、ユーファ。


「いつの間に仲良くなってんだって思ったか? フーッフッフ…このイードゥ様にかかればこれくらい余裕なのだ!」


 自信満々に言い放つイードゥ…?の周りで、ケルヴァと…ダルカとウヴが「いよっ」と口々にはやしたてる。隣のユーファがくすくす笑っている。


「ま、話しかけたのオレだけどね」

「ダルカ! 言うなって!」


 なるほど、そっちがダルカか。じゃあ残った彼がイードゥと。


「っつーことで、新しいお友達だ、ネイド。一緒に昼飯食うぞ!」


 ぼくの肩を強引に引きよせて組んで、ケルヴァがにかっと笑う。


「ほんと、どうやって短時間で仲良くなれるの? 教えて欲しいよ」


 ほんっと、羨ましい。


「おれも知らなーい」

「いいなぁ」


 ぶらぶらさせてた足を地面に着地させてぼくは立ち上がった。お昼ご飯の話をしていたらお腹が減った。ダルカに腕を引っ張られて、ユーファも立ち上がる。


「んじゃ、行くかぁ〜」

「おー!」


 ウヴが購買の方を指しながら言って、ケルヴァが拳を振り上げた。我先にと、ダルカが校舎の入り口を目指して走り出した。


「一番遅かったやつ、他のみんなにジュース奢り!」


 そう叫んで、ユーファがダルカを追い越す。ぼくがそれを追いかける。


「あっおい!」

「前も似たようなことやったぞ!」


 ケルヴァとウヴが同時に言っている。


「走り出しが遅いよ〜!」

「だーっ! 待てネイド!」


 けらけら笑うぼくを捕まえようと、ケルヴァが走り始めた。たぶん、ウヴも。


「あー、青春!」


 先頭にいるユーファが言った。

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