学校にて その2

「マジでねーの? 絶対後輩に告白されたとか何故かタブレットにラブレターのメールが届いてたとか、そーゆー話五億個くらい隠し持ってんだろ」

「ひゅー、モテモテ〜」


 少年の背中をつっつきながらイードゥはからかい、頭の後ろに手を組んだダルカが茶々を入れる。少年は眉を下げながら笑った。


「ないよ。そういうの、あんま興味ないし」


 目を伏せるような仕草をした少年を見てから、三人は顔を見合わせ、自分の主張を口々に叫ぶ。


「いやお前それはおかしいだろ! 仮にも思春期にあたる時期だぞ俺ら! 好みのことあんなこととかこんなこととかしたいだろ‼︎」

「意味わっかんねー! なに? いわゆる清楚ってやつ? お前がやっても可愛くともなんともねーよ!」

「絶っっっ対にお前モテてるから! 俺こないだ帰り道で聞き耳立ててたらお前のこと褒めちぎってる集団がいたぞ! ちゃんと名前が出てたぞ!」


「「なんでお前聞き耳立ててんだよキモ」」


 一言一句変わらずにウヴとダルカが引く。一瞬でイードゥは裏切られたかのような、ネットの海のどこかで見た猫のネットミームのような顔になった。


「ひっでーよ〜」

「自業自得じゃない?」


 辛辣なコメントを少年は友人に投げかける。イードゥは少年に泣きつこうとでも思っていたのか腕を伸ばしかけていたが、その腕も思わず「無念」とでも呟きそうになりながらおろされた。


「一時間目なんだっけ?」


 話題を切り替えて少年は三人の友達にきいてみた。


「音楽だった気がする」


 素直にウヴが答える。他の二人が不満を口にした。


「俺音楽きらーい」

「同じく。弾くのが無理」

「それな」


「ってかお前が時間割覚えてないってめずらしくね? 体調悪い?」


 いつもの少年と調子が違うと思ったのか、イードゥが心配したように少年の肩を叩く。


「別に普通だよ?」


 にこにこしながらいう少年に「ならいいけど」とイードゥは次の話題に切り替える。その波に便乗して他の二人も会話をテンポよく繋げていく。僕も喋らないとな、と、少年も口を開いた。


(ま、時間割なんて覚えてるけど)



 六時間目の終わりを告げる音が鳴り響いた。少年はぐい〜っと背伸びとあくびをする。


「うぉおっしゃ! 帰ろうぜ」


 ダルカが早くもウヴのところへ行き、彼のテーブルをバンバン叩いた。右手にはバッグが掴まれてぶら下がっている。二人のところにイードゥも歩いていく。他のクラスメイトたちも一人、三人、二人と、まばらにだが確かに帰っていく。


「早く帰ってゲームしてぇ」

「オレも!」


 イードゥとダルカが足踏みをしながら少年を待っている。律儀だなぁと思いながら、少年は大きめの歩幅で机の群れの合間を歩いていく。


「うっし、準備万端! 帰るか!」


 ダルカが教室の出口の方を指差し腰に手を当て、自信満々に言い放った。まだその場に残っている他の生徒たちがくすくす笑う。


 しかしそんな事も何のその。ダルカは無邪気な笑顔で振り返って少年たちを催促する。つられて笑ったイードゥが、ふざけたような、おぼつかない足取りで歩いていく。もちろんわざとだ。そんな二人を見て、少年とウヴは鼻で笑う。


 しかしそこにバカにするような雰囲気はなく、どちらかというと「またやってら」というような気持ちが込められていた。


 教室から出ていくと、廊下がいつも通りに騒がしく、文句を垂れ流したり際どい冗談を交わしたり、それに笑ったりする声が四方八方から聞こえてきた。


 そんな状態なら、ダルカの変人という性質も飲み込まれていく。とはいえ完璧になくなるのではなく、せいぜい鳴りを少しだけ潜める程度だが。


「やっぱ放課後ってうるせ〜」


 笑顔でウヴは言う。


「うるさい方が好きなの?」


 周りを見渡しながら、少年はきいた。少年は騒々しい場所は得意ではないようだ。笑顔を崩す事なく、ウヴは縦に頷く。


「なんかこう、うるせ〜ってなった方が楽しい的な? ゲーセンも好きだし、いつかクラブとかにも行きたいな〜って思ってる」

「クラブかぁオレも行ってみたい!」

「いつかこの四人で行けたらいいな」

「天才か? 行こう行こう!」


 そうこうしているうちに校舎の出口についた。間隔はあるが、それでも矢継ぎはやに出ていく生徒のせいで、扉はほとんど全開のような状態だった。


「ほぼずっと開いてるの笑う」


 先頭切って進んで行くダルカの後を追いながら、イードゥが口の端の方を持ち上げ、扉を押しのけるように雑に開けた。


「そのうち蝶つがい壊れそう」


 閉まりかけのドアの隙間を利用して、するりと出ていく少年がつぶやいた。もっと狭くなった隙間をウヴが通り抜ける。


「うっわカサドゥまぶしっ 目が潰れる」


 ダルカが両目を手で覆いながら叫ぶ。その手をウヴがひっぺがそうとしてダルカににじり寄っていった。


「なんか夕方の光って名前あったよな」


 イードゥが少年の方を見る。忘れた言葉をどうにか形容しようと手と足をばたつかせる。


「西日?」

「そうそれ」


 また一つ賢くなったぜ、と両手を上に突き上げるイードゥを見て、少年はくすくす笑った。


「なーなー早くしろよ〜」


「一番出るの遅かったやつ、他三人にジュース奢りな」


 五歩先にいるダルカが文句を言うと、それに呼応したようにウヴが競争を提案する。一斉に四人は駆け出した。誰一人としてジュースを奢りたくないのだ。イードゥが六本の蜘蛛の足を巧みに動かして走っていく。あっという間にダルカを追い抜き、涼しい顔で校門を通っていった。腕を組みながら立っているイードゥの目線の先には横並びになっている少年とダルカが走っている。その後ろに言い出しっぺのウヴが精一杯走っている。


「にっばん〜」

「三番か〜残念」


 走り終わってもピンピンしているダルカとは違い、少年は両手を膝に置いて息をする。最後に学校の敷地の外についたのはウヴだった。


「じゃ、奢りよろしく〜」


 にやりと笑ってダルカはウヴと肩を組んだ。ま、冗談だけどな、と言って、すぐに肩を組むのをやめる。


「イードゥ早すぎな」


 顔に垂れる粘液を手の甲で拭いながらウヴはゆっくり歩き出す。自然と四人は横に並ぶ。


「足の本数と歩く早さは比例するんじゃない?」


 イードゥのうごめくように動く足元を見ながら少年は言う。その隣で張本人のイードゥは首をかしげた。


「比例ってなんだっけ」

「二倍、三倍…と増えていくってやつ」

「あーあれね」


 うんうん頷いてからまた彼は口を開く。


「やっぱわかんねぇ」

「帰ったら検索しなよ」


 少年は何回言ったかもう覚えていない言葉を比例がなんのことかわからない友人にかけた。


「今できるくね?」

「誰かにぶつかるよ」


 それでもいいの? と煽るウヴをイードゥは小突く。ダルカと少年が笑った。カサドゥが強く照った。ビル群に飲み込まれるのを拒否しているみたいだなぁ、栗毛色の髪を持つ少年は、朝焼けのような空を見ながら心の中で思った。



 なぁ、お前はそれでいいの? 道化であることでいいの? オレ知ってるよ、お前無理してるだろ。



 喉にひっかかった心配の言葉を声帯に押し戻した。


 見た目がバラバラな四人の学生が、楽しそうに笑い合って冗談を飛ばしあって、どうでもいいことを話しながら帰っていった。

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