第7話
「これから行くところは、そんなにヤバいのか?」
家から出て駅へと向かう道すがら。
交差点の花屋の前で、現代風の言葉遣いに少し慣れてきたトラヴィスが声を掛けてきた。
私は花屋を視界から追い出して、トラヴィスの方に顔を向けた。
「そう。かなりヤバい。いい? 絶対にマスクを外したり、マフラー外したりしないでね。普通に観光がしたいなら、絶対だから!」
私はそう4人に念を押した。
今日はついに、渋谷と原宿に繰り出すことにしたのだ。
気を引き締めて、心構えをしなければならない。
何故なら、彼らを女性陣とスカウトマンから守らねばならないからだ!
色々な所に出かけた結果、彼らが芸能界にスカウトされた数は一度や二度じゃない。
一見外国人だけれど、彼らがあまりに流暢な日本語を話すので、ハーフか何かと思われるようだ。
けれど、戸籍も住民票もビザも何もない彼らにそんな目立つことはさせられない。
「結構です! 間に合ってます!」とスカウトマンを引き剥がすのが私の仕事だ。
彼らは遠目に見れば外国人以外の何者でもないので、彼らに接触してくる女性はほとんどいない。
日本人は外国人に話しかけるの苦手だからね。
けれど遠巻きにすごく見られていて、中にはスマホで写真を撮ってくる輩も居る。
その度にまるで芸能人のマネージャーのように彼らの前に立ちはだかり、足早にその場を離れるのだ。
女性陣からもスカウトマンからも「お前誰だよ」という視線を向けられるのにも慣れてきた。
なんか……一気に老けた気がする……。
そう言えば、みんなである約束をした。
敬語は外して、ファーストネームで呼び合うこと。
若い男女が集まって丁重な敬語で話すのは変だし、ましてや「殿下」なんて何者だよそれあだ名?となってしまうからだ。
ウォルトはどう頑張っても敬語が取れないので諦めて、それでもファーストネーム呼びは出来るようになった。
最初ニコラスとウォルトはトラヴィスに対して恐縮していたけれど、「この世界では身分も何も関係ない」というトラヴィスの言葉で改めた。
この世界に来て、トラヴィスはそんなに阿呆じゃないんだなと思うようになった。
何だか、あちらの世界での彼の行動に違和感を感じてしまうくらい。
まあ何はともあれ。
若い女性とスカウトマンが日本一多い(偏見)渋谷、原宿……。
いざ出陣!!
と、意気込んだものの、マスクやマフラーで顔を隠したおかげで、思ったほどの騒動にはならず一安心。
渋谷のスクランブル交差点は外国人に人気と聞いたけれど、確かに彼らも楽しそうに見ていた。
「すごい……! まるで戦だ!!」とお決まりの感想を述べるニコラスに、異世界人でもそう思うのねぇと不思議に感心してしまった。
原宿ではちょっと面白かった。
元々こちらの世界の服の多様さに驚いていた彼らだけれど、輪をかけて自由な装いの人々に、みんな開いた口が塞がらないと言った感じだ。
今は冬だからそんなでもないけど、夏になると肌を露出する人も多いという話をしたら、シリルは顔を真っ赤にして「え……姉さんも……!?」と戸惑っていた。
まだまだお子ちゃまだな、弟よ。
私はそういう服は好きじゃないと言うと、何故か肩を落としていた。
ひとしきりお店を見て回って、カフェに入って一服することにした。
「僕キャラメルマキアートにしよ! エクストラシロップのベンティかな〜」
「うわっシリルお前よくそんな甘いの飲めるな! 俺はこの期間限定のやつ!」
「ニコラスはそういう限定ものばっかだよね〜」
「うるさいぞお前たち。他の客に迷惑だ」
「トラヴィスは何にするんだ?」
「俺はエスプレッソだな」
「うわ!! それこの前俺が一口飲んで吐き出したやつ!!」
商品を選びながら大騒ぎしている彼らを尻目に、ウォルトが何だか神妙な顔で席を立とうとしない。
どうしたのかしら。腹痛?
そう思って声をかけると、ちらりと私に目を向けたかと思うとまたすぐに、視線を床へと戻してしまった。
おっと。
これはちょっとシリアスめなやつかもしれない。
「どうしたの本当に。大丈夫?」
「………………この国の人々は、自由ですね」
ウォルトはポツリとそう呟き、どこか遠くを見るように視線を上げる。
その瞳には、何か虚しさのようなものが漂っていた。
「私はずっと、この瞳の色が嫌いでした。ハイドレンジア家の色ではないから」
フロース王国では、貴族の家門ごとに固有の色がある。
クローディアのオーキッド家に生まれる子どもは、金髪碧眼。
そしてウォルトのハイドレンジア家は、青い髪に紫の瞳。
ウォルトの瞳も紫だけれど、赤みが強くて赤紫と表現する方が近いかもしれない。
確かに宰相様や他のハイドレンジア家の方々とは、色味が違う。
たぶんウォルトのお母様の瞳が赤いのが原因なのだろう。
けれど、私からしたら大した違いじゃないけれど。
「だから、ずっとこの青い髪だけが私の拠り所だったんです。私もハイドレンジア家の一員に違いないという」
「あの……もし私が無知だったらごめんね? ウォルトって養子か何か? それとも夫人の隠し子だったとか?」
「なっ何言ってるんですか! 違います!!」
「なら、なんでそんな風に考えるの? 一員に違いないも何も、普通に家族じゃない。取り分け無能だとか、醜いだとか、そんなこともないんだし」
私が知らないだけで、複雑な家庭環境があるのかと思ったじゃないか。びっくりした。
そうだよあれだけ宰相様に似ていて、血が繋がっていない訳がない。
そう思っていたら、ウォルトは目をパチクリとさせて私を見ていた。
え? 何?
「フロース王国の貴族にとって、色がどれほど重要な意味を持つか、分からない訳ではないしょう?」
「うーん、そうだね。でもさ、それっておかしいと思わない? 王族はさ、特別な意味があるから別としても、貴族の色って関係ないじゃない。家系ごとに受け継ぐ魔法があるとかでもないし、王族のように女神の祝福で貴族たちの色が変わったなんて話も聞いたことがないし。
要は、ただの遺伝なんだと思うんだよね。実際、家系ごとの色に拘るのって高位貴族だけじゃない。高位貴族は近親婚が多くて、血が濃いだけ。それに最近は子どもの数が減ってきて近親婚を止め始めたから、ウォルトだけじゃなくて、家系の色以外を持つ子も出てきてるでしょ? 当然だよ。子どもには必ず親が2人いて、片方は別の色を持っているんだもの。なんか王族の色の話と貴族の色をごっちゃにしてるよね」
私がそう言うと、ウォルトは驚いたように目を大きく見開いて固まってしまった。
「まぁそもそも、血の繋がりですら関係ないのかなと私は思うな」
「え?」
「いや『血は水よりも濃い』とは言うけど、でも結局家族ってどれだけ絆があるかが重要なんじゃないかなって思うんだよね。あ、言ってなかったっけ。私……蘭の方ね。お父さんと血が繋がってないんだ」
そう、お母さんと実の父は、私が赤ちゃんの頃離婚しているのだ。
お父さんは、私が小学生の頃にお母さんと再婚した。
お母さんに聞いても離婚の理由は教えてくれなかったけど、高校生の頃に実の父が病気で亡くなったと連絡が来て、私はお母さんに頼んで一緒に葬式に参列することにした。
実の父の家族に会ったら、奥さんと子どもが2人居て、上の子は私と同い年ぐらいにしか見えなかった。
そしてその子は、実の父の遺影とよく似ていたのだ。
だからきっと、そういうことなのだろう。
実の父に捨てられたのだとショックを受けたのは確かだけれど、思ったよりも悲しくはなかった。
それはきっと、お父さんが居たからだ。
葬式に参列したのは、ただ自分の出生が気になったというか、そういう単純な好奇心に近かったように思う。
葬式の後、お母さんはまるで自分が悪いかのように申し訳なくしていた。きっと、まさかあんなに実の父と似た子どもがいる事を知らなかったんだろうな。
でも、私は大丈夫。
私のお父さんとお母さんは、今のお父さんとお母さんだから。
そう伝えたら、お父さんも、お母さんも、涙を流しながら笑って変な顔になってしまったのを覚えている。
お父さんは私を実の娘として愛してくれたし、私もお父さんが大好きだった。
実の父の葬式で涙は流れなかったけれど、お父さんとお母さんのお葬式では立ち上がることさえ出来ないほどに泣き喚いた。
きっと家族って、そういうものなんじゃないかな。
「ウォルトは、お父さんとお母さんのこと、好き?」
「………………」
ウォルトは何も言わず、沈黙が流れる。
けれど言葉に詰まっているというより、自分の気持ちを整理しているというか、考えを纏めているように見えた。
「……そう、ですね。私は、両親のことが好きなんだと思います」
沈黙の後、ウォルトはまるで今初めて気が付いたというように、言葉を紡いだ。
私は、思わず笑顔になってしまった。
「そっか。なら良いじゃない。色がどうとか、人がどう言うかとか、関係ないよ。ウォルトは間違いなく宰相様と侯爵夫人の息子ってこと、ウォルトもご両親も分かってるんでしょう? 愛してるんでしょう? なら、それが全てだよ」
「………………」
ウォルトは今度こそ言葉に詰まったように、下を向いた。
一瞬見えた目元は濡れているように見えたけれど、私は気付かないフリをした。
「もーニコラスがレジに行ったら急に悩み始めちゃって時間かかったよー。後ろの人に睨まれちゃったじゃん」
「いや、だってまさか期間限定が3種類も出てるとは思わず! あの3択は悩むだろ……」
「食べ物に関してだけは慎重だよな、お前は」
ガヤガヤと賑やかな3人が帰ってきて、ウォルトはまるで何事もなかったように顔を上げた。
「あれ、2人とも何も頼まないの?」
「いいえ、疲れて少し座っていただけです。今から買いに行きますよ。ねえ蘭さん」
「うん、そだね」
「ふーん……?」
シリルが疑うような眼差しで眺めてくる。
な、何もやましいことなどないはずなのに、何故かドギマギしてしまった。
その後私たちもコーヒーを買って、一休みしてから観光を再開した。
ウォルトはあの時のことを何も言わなかったけれど、何だか少し晴れやかな顔をしていた。
ちょっとした変化なのかと思っていたけど、なんと翌日、ウォルト自ら髪を切って色を染めると言い出した。
私も他の3人もびっくり。
でも、ウォルトの顔に翳りがなかったから、私は笑顔で頷いた。
さてさて! ウォルトはどんな髪色と髪型が似合うかな!
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