第15話
謁見室の前で、私は大きく息を吸い込んだ。
今の状況は、決して芳しくない。
それは私にとっても、トラヴィスたちにとってもだ。
あの卒業パーティーでのことは瞬く間に広がり、にわかに貴族たちは騒がしくなった。
私が犯したという犯罪についてあらゆる憶測が飛び交っているし、まるで誰かが扇動しているように『王太子が闇の魔力に侵され、大勢の前で婚約破棄という失態を犯した』と言う噂が王都中に広まっていった。
国民たちは不安に駆られ、心配している。一刻も早い、真相の究明と状況の説明の必要があった。
使用人が二人がかりで謁見室の扉を大きく開ける。
すると、壇上の玉座に座る王が迎えた。
私たちは階段の下まで進むと、傅いて定型の口上を述べた。
「よく来たなオーキッド公爵。夫人。それからクローディア嬢」
王の言葉に頭を上げて見ると、王の隣にトラヴィスが立っているのが見える。
私を見つめる瞳が、何だか力強い。
私たちの周囲には、宰相であるハイドレンジア侯爵とウォルト、騎士団長であるセロシア伯爵とニコラスが控えていた。
そして。
王の兄であるラーディクス大公とリチャード、更にはミシェルまでもその場に集まっていた。
え。こわ。
そんな揃いも揃ってお出迎えされると、これから処刑台に登るのではという気分になる。
トラヴィス! そんな目だけで伝えないできちんと言葉で言って! 不安になるから!!
「今日皆に集まってもらったのは他でもない。1ヶ月前、アカデミーの卒業パーティーで起きた事件のことだ。そのことで、王太子から話がある」
王は威厳ある声でゆったりとそう告げると、トラヴィスを促した。
「この1月、私とウォルト、ニコラス、そしてシリルは、事態の把握と真相の究明に奔走した。
今回の件には、2つの事件が絡んでいる。1つは、私たちがクローディア嬢を主犯だと判断した犯罪について。もう1つは、私たちが時空の歪みに落ちて戻ってきた件だ。まず、後者の方から話そう。クローディア……どうしてもお前の話をしなければならない。構わないか」
トラヴィスはひどく心配そうに、私を見つめた。
トラヴィスだけではない。ウォルトとニコラスも心配そうだ。
この場で私の話をすることは、既に分かっていた。王宮からの招集を知らせる使いの者が、トラヴィスからの手紙を持ってきていたのだ。
そうでなくても私の話をしなければならないことぐらい、最初から分かっていた。
いやだって、事の顛末を話すのに絶対必要だもん。
直前の知らせではあったけれど、私の腹は最初から括られている。
だからみんな、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。
「もちろんです。もし良ければ、私から話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「……っ分かった。話してみてくれ」
トラヴィスはいよいよ心配だという視線を私に向ける。
私は安心して、という目でトラヴィスを見る。
トラヴィスの表情は変わらなくて、伝わったかどうか分からない。けど、きちんと私の言葉で説明するから。安心して見ててね。
「これまで、こんなことを言っても信じていただけないだろうと思い、誰にも打ち明けていなかったことがございます。
それは、私には生まれた時から、別の世界の記憶があるということです」
そして私は語った。これまでの経緯を。
最近お父様とお母様にも話したから、案外と順序立てて上手く話すことが出来た。
王とハイドレンジア侯爵、セロシア伯爵は、トラヴィスたちに聞いて知っていたのだろう。さして驚くような様子はなかった。
けれど、ラーディクス大公とリチャードたちは違った。
ひどく驚いた様子で、そして眉間に皺を寄せる。
「陛下! 陛下はこのような戯言を信じるのですか!?」
大公が叫ぶ。
もう完全に虚言癖扱いだわ、私。
まあ仕方ないかなと思う。
異世界に転移してましたーなんて、私だって自分がこんな状況にならなければ信じなかっただろうし。
でもあの会場にブラックホールが現れて私たちが吸い込まれたのも、次の瞬間には姿が変わっていたのも、事実だ。こればっかりは、目撃者もかなり多くてどうにも嘘は吐けないと思う。
「私も最初は半信半疑だったがな。これを見て、信じざるを得なかった」
王は騒ぐ大公を手で制して、トラヴィスに何か言った。
するとトラヴィスは、懐から何かを取り出したのだ。
スマホだ!
トラヴィスたちは向こうの世界の服のままこっちに来たから、スマホを持ったままだったんだ!
確かにスマホはこっちの世界にないものだし、中には向こうの世界で撮った色んな写真が入ってるはず!
あ、でも流石に電源はもう入らないよね……。
「ここに、私たちが別の世界に行った証拠がある。この『写真』だ」
電源つくんかい!! なんで!!?
「シリルに充電器を作ってもらったんだ。向こうの世界で分解して構造を理解していたらしく、案外早かった」
……さすが。
シリルは確かに、気になる機械を買っては分解するのが好きだった。
趣味みたいなものかと思っていたけれど、もしかしたらこの世界に戻ってきた時にその技術を転用するためだったのかもしれない。
根っからの魔導士なんだな、彼は。
もしかしてこの1ヶ月、シリルが家に帰らなかったのはそれを作っていたからなのかな。
そんなことを考えている私を余所に、トラヴィスは階段を降りてきて大公たちに画面を見せている。
どうやらスマホには、深草寺でみんなで撮った写真が表示されているようだ。
お父様とお母様も驚いた様に横から画面を覗いている。
トラヴィスはそのまま画面をスワイプさせて、様々な写真を見せる。
京都で撮った写真やスカイタワーで撮った写真など、どれもこれもこちらの世界にはないものばかり。
そもそも、写真自体がこの世界にはない。
大公やリチャード、お父様もお母様も、驚いて言葉も出ないといった顔で固まっている。
「これで分かっただろう。クローディア嬢の話は真実だ」
トラヴィスはそう言って大公たちを睥睨した後、私の顔を見つめて頷いた。
ほら、大丈夫だっただろ。
もしくは、
これで信じるはずだ。
そんな感じの顔だ。
「ですが陛下! 陛下はご覧になっていらっしゃいませんが、あの時殿下は真っ黒な髪に黒い瞳、更に服さえも黒に染まっていたのです! これは只事ではありません!!」
リチャードが慌てた様子で言い募る。
今の写真で見て分かっただろうに、リチャードはまだこの色の話を引っ張りたいようだ。
「それは先程話した通りです。私が元居た国では、黒髪黒目は当たり前でした。殿下もそれに倣っただけです。元の国の人々は魔力などカケラも持っておらず、魔法なぞ一つも使えません。
ご存じでしょう? 私に魔力がほとんどないことを。きっとそれは元の世界の影響ではないかと、ずっと思っていました」
まあ、根拠はないけど。
でも代々みんなかなりの魔力持ちで、優秀な魔導士を幾人も輩出してきたオーキッド家において、私はあまりに異質だ。
元の世界の影響でもない限り、理由が立たない。
「向こうの世界の人々は、私たちと何も変わらない、魔法が使えないだけのただの人間でした。邪悪な力など、何もありはしなかった。
剣に誓って嘘は申しておりません!」
ニコラスが、騎士らしい真っ直ぐな姿勢で後ろ手を組んで宣言する。
1年離れていても、騎士の流儀は染み付いているようだ。
美しすぎる姿勢。背筋の作りが根本的に私と違うなあれは。
「私も、彼らは普通の人間だったと証言致します。むしろこの世界の人々よりもずっと勤勉で、誠実で、温かな心を持つ素晴らしい人々でした。殿下や私たちは、そんな人々の間に紛れて暮らせるよう変装していたに過ぎません」
ウォルトめっちゃ日本人褒めるやん……!
って一瞬感動しかけたけど、あの瞳は完全に推しのアイドルを語る目だ。
あのアイドルも確か黒髪黒目だったわ……。
「……仮にそうだとして。何故オーキッド令嬢は次元の移動が出来るのだ。本当に彼女の意志で行なわれたことではないと、証明できるのか」
眉間に皺寄せすぎて、そのまま刻まれちゃうんじゃないかというほどに顔を顰めた大公が、静かに尋ねた。
苛立ちというよりも、不信感を強く感じる瞳を向けられる。
ついでにリチャードも私に鋭い視線を投げかけるけど、そっちは睨み返した。
ミシェルはリチャードの影に隠れてお決まりのお祈りポーズで目をうるうるさせている。
彼女は精神衛生上、視界から追い出すのが吉。
って言うか、そんなこと聞かれたって私にも分かんないもん!!
私が教えて欲しいわ! 誰か説明してください!!
「僕から説明致します」
私の心の声に応えるように、シリルが謁見室の扉を開けて入ってきたのだった。
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