第11話

 

「じゃあ麻薬の密売に使われた、あの小麦は? なんであの地域に小麦を渡してたんだ?」


 ニコラスが腕を組みながら考えるそぶりで聞いてくる。

 それなのだ。

 それが私にとっても大きな疑問で、初めて聞いた時には???となった。


「それがね、確かに私は小麦の配送を頼んだけど、あそこじゃなくって公爵領に送ろうとしたんだよね。

 ほら、夏の初めに嵐があったじゃない。だから畑がみんな駄目になっちゃって、あの年の小麦が壊滅的だったんだよね。ちょうどもうすぐ収穫っていう時期だったのに。

 だからとりあえず、領地のみんなが食べるのに困らない分くらいを他の地域から買って、配送したの。

 確かに届いたって連絡はあったんだけど、数量が足りなかったんだよね」


 届いた数がほんの少し足りなくて、購入先の商会に問い合わせた所、伝票にミスがあったそうで後から足りない分を届けると言っていた。

 つまり、伝票を改竄して私の発注した小麦の一部が麻薬と入れ替えられ、別の地域に配送されたのだろう。

 だとするなら、商会のうちの誰か、もしくは商会全体が、私に罪をなすり付けようと陥れたのだろうか?


「……まさか、領民分の小麦を、個人の財産で買ったと言うのか?」

「うん。だって父を説得するの面倒だし。それにほら、クローディアの父ってさ、典型的な『金だけ渡して放置』のタイプだったから、お金だけはあったんだよね。あんなに要らなかったのに」


 その分、自由に使えて良かったけどね。使い道も事後報告で良かったし。

 母はいつも遠くから何か言いたそうにしていたけど、何も言わなかった。

 クローディアと両親の関係は、本当に希薄で、まるで他人のようだったのだ。まあ、実際中身は蘭なので、他人に違いないのだけれど。いっそ使用人たちとの方が、仲が良くて近しい存在だった。



「姉さんって、父さんと母さんのこと、本当に他人みたいに話すんだね」


 シリルがポツリと呟く。

 何だか、どこか寂しそうな顔だ。


「そうだね。私にとって両親は、この世界のお父さんとお母さんだけなんだ」


 そう言うと、シリルは下を向いて黙ってしまった。

 ごめん。

 シリルの立場では、とても複雑だろう。シリルにとっては間違いなく本当の両親ではないし。

 でも仕方ないじゃないか。

 一度だって、彼らを本当の意味で父と母だとは思えなかったんだもん。





「……前に、パーティーでコランバイン子爵を非難したことがあっただろう。あれは、どういう意図だったんだ?」


 それまで考え事をしていたトラヴィスが、何か思い付いたように尋ねてくる。

 コランバイン子爵……?

 誰だそれ。

 いや待てよ。

 お妃教育で培った知識を総動員で思い出す。確か……領地に広大な農村地帯を有していて、キャベツやケールなどの葉物野菜が特産、だったかな。

 あ、確か何年か前に大雨で、かなりの被害が出た地域だった気がする。

 とすると、あの時のあの貴族のことか。


「あれね。なんか皆『領地のために頑張ってて偉いわねぇ』みたいな感じであの子爵を誉めてたから、腹が立っちゃって」


 そうだそうだ、思い出した。

 大雨で崖が崩れたり橋が落ちたり、領地の被害が甚大だったのだ。

 子爵はその領地の立て直しのため、王宮や他の貴族に支援を願い出たり、自身も節制して暮らし、所蔵する美術品などを売却して資金を調達したそうだ。

 しかしそれだけではどうしても立ち行かず、最終手段として、被害が最も深刻だった所は免除をした上で、それ以外の地域の人々の税を値上げした。

 それを周りの貴族たちは「仕方ない」と肯定的に受け止めていたのが、私には許せなかったのだ。


「『税の値上げは最終手段で致し方なかった』なんて言いながら、全然最終手段じゃなかったんだもん。

 確かにあの領地じゃ、お金になる資源は農作物以外になかったし、その農作物が取れなきゃ残る手段は支援を受けるか子爵家からお金を出すか、税を増やすしかなかったと思うよ。でもそれならそういう非常事態のためにちゃんと備える物は備えとけよって感じ。

 しかもあの子爵、まるで美術品を売却して身銭を切ったみたいに言いながら、売ったのは倉庫に奥深く眠ってた要らない物ばかりだったらしいじゃん。商人たちの間では話題になってたよ。

 それに自分は節制してるって言いながら、子爵も夫人も子爵令嬢も、みんな最新の流行の服を仕立ててたし、流行の香水や化粧品の話にも加わってたもん。それって全然節制してないでしょ?」


 確かに、貴族としての体面を保つために必要な出費というのはある。

 けれど彼らの装いは、その度を越していた。普段よりも多少大人しくはあっても、十分に贅沢品で固められていたと思うのだ。


「税っていうのは、本当に民の生活に直結するものだよ。いくら最悪の被害は受けなかったとしても、いつもよりも生活が苦しいのには違いなかったはず。

 なのに税の値上げだなんて……しかもそこそこ値上げ率高かったんだよ。ちゃんと検証したと思えなかった。

 そんな民に更に負担をかける施策をしておきながら、みんなから称賛されてた子爵たちが許せなかったんだよね」


 当時のことを思い出す。

 本人たちは、本当に自分たちが良くやってると思ってたのかな。それとも単なるパフォーマンスだったのかな。

 分からないけど、私は嫌だった。


「いざという時のために領民を守るから、貴族には権力があるんでしょう? 貴族は施しの義務を果たすんじゃない。義務を果たすから、貴族という特権を与えられてるんだと私は思うな」


 トラヴィスが黙り込む。

 かつての自分の感性と、こちらの世界で得た価値観とを合わせて考えているのかもしれない。


「……あの時は、子爵は十分努力していると思った。王宮に何度も足を運び、頭を下げ支援を願い出ていたからな。

 だが蘭の言うとおり、この世界で給料というものをもらって初めて、民の気持ちが分かった。当時は、あれくらいの値上げなら民の生活に大した影響もないと思ったが……大間違いだな。

 実際、あの後子爵領から出て行く領民が相次いだし……。子爵たちの装いも控えめで弁えていると思ったが……言われてみれば最新の流行のものには違いなかった」

「でしょ? 給料から引かれる税は今のとこないけどさ、このアパートの固定資産税とか、お父さんとお母さんの遺産を継ぐ時に払った相続税とか、『嘘でしょ!?』ってくらい払うんだから。ちょっとした値上げも大打撃だよ。

 ドレスもさ、元あったものをリメイクするだけでかなり印象が違くなるもん。実際、あの時の私のドレス、元あったやつを最新型にアレンジしたやつだったよ。うちの領地も少なからず被害があったからね。

 税の値上げは、本当に本当の最終手段であるべきだと思うのよ」


 公爵令嬢ともなると、最新型のドレスと靴、宝飾品を一式新調すれば、かなりの額になる。平民の4人家族が1年は生活できる額だろうか。それをワンシーズンに何セットも仕立てるのが普通だ。

 そんなものにお金を使うくらいなら、少しでも領地に回したい。

 もちろん公爵家として必要な措置を講じていることは知っているけど、私のはまあチャリティとしてやっている位置付けだ。

「ドレスを買うことで経済を回す」ってのも間違いじゃない。だけどドレスのサロンなんて人気のとこは決まってるし、集中して同じとこにお金を出す必要はないと思う。

 だから必要最小限の数だけを仕立てて義理を果たし、後はリメイクして着ていた。

 それに優秀なお針子たちのおかげで、リメイクしていることに気付かれない。

 まあ、公爵令嬢がそんなことしてるとは誰も思ってないのかもしれないけど。



「はぁ……俺は一体何を見ていたんだ。お前のどこが贅沢をしている傲慢な令嬢だというのだ。誰よりも民のことを考えている質素な令嬢じゃないか……」

「そうだよ。姉さんは最高なんだよ」

「ははは。そんな風に言われると恥ずかしいけど……」



 私の考え方は、貴族として異端だ。

 そんなことは良く分かっている。だからあの時だって、子爵を非難した私は悪者になったのだろう。

 そんな風に褒められると、なんだか変な感じ。

 しかしシリル、そう思ってたのに向こうの世界でのあの態度はなんだったの?シリルはあの断罪劇に関与してた訳じゃないの?



「しかしそうなると、裏で糸を引いていた人物がいるということだな? クローディア嬢の悪い噂を流したり、偽の証言を用意したり、わざわざクローディア嬢が買った小麦を麻薬の偽装に使ったり……なんか恨まれることでもあったのか?」


 ニコラスが疑問を投げ掛ける。


 うん……そうだよね。

 考えたくないけれど、思い当たる人物は1人しかいないのだ。




「……その……もしかして、リリーさんじゃないかな……と。トラヴィスの婚約者である私が気に入らなかったとか。

 それに……多分彼女、魅了の魔法が使えるよね? じゃなきゃ、みんながあんなにリリーさんに夢中になる訳無いと思う」



 意を決して、私はそう言った。

 今までそうだろうと思いながら、どうしても言えなかった。

 だって、やっぱり彼らがミシェルのことを好きなままで、また対立することになるのが怖かったから。



 恐る恐るみんなの顔を見上げると、一様にポカンと間抜けな顔をしていた。

 くそっ。だから間抜けな顔をしても美しいんだって……!

 って、その表情は、何?



「ミシェルに夢中……? 一体何を言ってるんだ?」

「姉さん、魅了って何? 僕はそんな魔法知らないんだけど……」

「確かにミシェル嬢は可愛らしいが、俺はもっと芯の強い女性の方が好きだな!」

「平民から貴族になって周囲からの当たりも強かろうと、殿下を始め私たちが親しくすれば、他の生徒も認めるだろうと一緒に行動していただけですよ?」


「もしかして……俺たちがみんな、ミシェルを好いていると思っていたのか?」



 ……嘘でしょ?

 え、まさか誰1人彼女のこと好きだった訳ではない……の?

 本当に??


 だって……あそこは乙女ゲームかそういう小説の世界じゃ……。

 いや、待って、確かにこの世界に来て知った本当の彼らは、思っていたテンプレな設定と違う。

 ゲームや小説のキャラというより、もっとこう、生身の人間に近いというか……。




「俺は、別の人物に心当たりがある」


 物思いに耽っていた私を、トラヴィスの言葉が引き上げる。

 トラヴィスを見つめると、真剣な瞳で私を見つめていた。



「俺はリチャード・ロベリアが怪しいと思う。実は彼とは、昔からの付き合いなんだ」



 トラヴィスの言葉に全員驚愕する。

 リチャードって、あのリチャード?

 あの女たらし教師のリチャード?

 えっなんで??

 リチャードがトラヴィスと昔から関係があったなど、初耳だ。

 ただの先生と生徒じゃなかったの?



「それに、動機についても思い付くことがある。これは王族にしか伝えられていないことだが、ロベリアという家名は彼の本当の名じゃない。

 本当の名は、リチャード・ローゼン・ラーディクス。父の……現王の兄、ラーディクス大公の息子だ」



 なんだその爆弾級の追加情報……!!


 今度こそいよいよ、トラヴィス以外は驚きで言葉を失ったのだった。


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