トラヴィス・ニコラス・ウォルト

 

「どう思う」

「ここが異世界だということは、間違いないと思います。それに、クローディア嬢がこの世界の人間だったというのも、状況から見るに嘘はないかと」

「俺もそう思います」



 時間は戻り、トラヴィスたちがこの世界にやってきた日の夜。

 蘭に各自の部屋に案内された後、3人はトラヴィスの部屋に集まっていた。




 卒業パーティーの日。

 ついに念願叶ってクローディアの悪行を明らかにして、婚約破棄を突きつけたというのに、まさかこんなことになろうとは誰も思っていなかった。


 この日のために、トラヴィスたちはクローディアのことを調べていた。

 そして分かったクローディアの悪事は、あまりに酷いものだった。

 使用人に危害を加え障害を負わせたり、小さな商店に圧力を加えて我が物としたり。

 更には麻薬の密売にまで手を染めていた。

 自身には魔力もなく何の力もないくせに、権力を振り翳し、非道な行いばかりするクローディアに、トラヴィスは激しい怒りを覚えていた。



 とあるパーティーでのこと。

 大雨により甚大な被害を負った領地を持つとある貴族に対し、『あなたたちの行いが悪いからだ』と大勢の貴族の前でクローディアが非難したことがあった。

 その貴族は領地のため、必死に働いていることを誰もが知っており、皆その貴族に同情していた。

 だがクローディアだけが、彼ら一族を嘲笑したのだ。


 クローディアは公爵令嬢だ。

 この国で、王族を除き最も地位が高い一族なのには違いない。内心不快感や怒りを持っていても、誰も何も言えなかった。

 オーキッド公爵は、娘のことを咎めずやりたい放題させている。

 誰も、彼女を止める者はいなかった。



『クローディア。お前は、自分が何を言っているか分かっているのか』


 耐えきれず、トラヴィスはクローディアに厳しい視線を向けた。


『……私は、何も間違ったことは言っていませんわ』


 クローディアはそう一言言って、表情を動かすことなく会場を後にした。




 その時からだろうか。

 トラヴィスは、誰にも咎められないのなら、自分がクローディアを諌めなければと強く思うようになった。


 そしてミシェルが編入してきてから、その思いは更に強くなった。

 クローディアがトラヴィスに懸想していることは周知の事実だったが、それを理由に自分より遥かに弱い者を虐げるなど、上に立つ者として断じてあってはならない。


 ウォルトもニコラスも、クローディアはトラヴィスの婚約者として相応しくないと強く思っていた。

 だからこそ、あの断罪劇があったのだ。





 けれど、まさかクローディアが異世界の人間だったとは、夢にも思わなかった。



「悔しいが、クローディア……いや蘭の言う通り、この世界で私たちが生きていくためには知識が必要だ。今は従うしかあるまい」

「くそっ。あんな悪女に教えを乞わなければならないなんて……」

「しかし、私たちがここに来たのも、彼女が仕組んだことだという可能性も否定できません。しばらくは、大人しく様子を見るのが得策かと」

「ああ、そうだな。あいつの魂胆が何なのか、大人しく従うふりをしつつ探ってみよう」


 トラヴィスたちは、一様に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 この世界で生きる拠り所が、他でもないあのクローディアしかないという事実が、3人のプライドを傷付けていた。



「殿下。シリルはどうなさいますか」


 ウォルトがトラヴィスに問う。

 シリルはこの場所に居ない。

 どうやら下の階で、まだ蘭と何か話しているようだ。


「シリルには何も言うな。あいつは昔から姉に甘い」


 実を言えば、今回の断罪劇にシリルは何も関与していない。

 むしろ一切知られないように、トラヴィスたちはシリルを警戒していた。

 シリルが知れば、トラヴィスたちの計画は邪魔されていたはずだから。




『殿下のことは全然好きじゃないです』


 ふと、トラヴィスは先程の蘭の言葉を思い出していた。


 まさか、そんなはずはない。

 彼女は幼い頃から、トラヴィスに気に入られようと必死だったはずだ。

 確かに大きくなってからは声を掛けられることも減っていたが……いや、しかし……。


 何か、大きなものを見落としている。

 そんな気がした。

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