第46話 初めて

 妃乃に押し倒された。

 え、ここで?

 戸惑いはあったけれど、嫌ではなかった。ベッドの上でなかったとしても、妃乃と交われるのなら、それだけで幸せだ。

 こんな初めてであっても、わたしは一生、この日のことを大切な思い出にしていく。


 妃乃のキスは、いつもわたしが焦れったくなるくらいにソフトなもの。唇に舌を這わせて、それがなかなか奥に入ってこない。入り口付近で舌先を触れあわせて、優しくお互いの存在を確かめる。わたしがもっともっとっておねだりしても、にやけ顔で我慢を強いてくる。実に意地が悪い。


 それなのに、今日の妃乃は随分と激しい。わたしの中に押し入ってきて、内側を大胆に蹂躙じゅうりんしていく。届く限り奥まで入ってくるその舌と、自分の舌を絡める。卑猥な音が響き、ざらついた舌の感触が鮮明に感じられる。別の生き物みたいに蠢く様が余計に興奮をかき立てる。妃乃の呼吸が荒い。それもわたしをたかぶらせる。熱烈なキスに応えると、激しさがさらに増していく。

 大きな獣に食べられている感覚。わたしはやっぱりそういうのが好きなのかもしれない。妃乃が我を忘れたようにわたしを貪ってくれるのがとても嬉しい。


 わたしの上に乗り、僅かに体重を預けてくる妃乃。その重さが心地良い。

 妃乃の右手が、わたしの裸の胸を覆う。激しいキスをしながらも、その指先の動きは繊細で、わたしの先端に甘い刺激を与えてくる。

 初めて触れてもらえた。待ち望んだそれがまた嬉しい。そして、わたしの感覚までもわかっているのか、妃乃は的確にわたしの気持ちいいことをしてくる。伝わる快感にだらしなく顔を緩めてしまう。


 されるだけというのも申し訳ないと思って、妃乃のTシャツの裾から両手を差し込む。すすすっと上に上っていき、背中のブラホックを外す。隙間から右手を差し入れて、妃乃の左胸に触れた。

 直に触れるのは初めて。わたしのより大きく、手のひらからこぼれるその胸は、柔らかで包容力に満ちている。自分の胸を触るのとは全く違った安らぎもあって、ずっと触れていたくなる。


 激しいキスも落ち着いたところで、妃乃が濡れた瞳でわたしを見つめてくる。

 ほんの少し、不安とか怯えの色が滲んでいたのは、暴走するようにわたしを求めてしまったことへの罪悪感があるからだろうか。


「好きだよ。妃乃」


 なるべく綺麗に微笑んでみせる。


「ごめん。瑠那」

「そんな言葉は求めてないよ?」

「うん……。ごめん」

「それもいらない。……わたしには、妃乃の心がわからない。だから、言葉にしてほしい」

「……うん。好きだよ。瑠那」

「えへへ」


 綺麗に笑っていたかったのに、自然と頬がだらしなく緩んでしまう。


「瑠那は、本当に可愛いなぁっ」

「そう思うなら、もっと愛して。ここまできたら、お預けはなしだよ」


 妃乃の胸を刺激する。妃乃は、切なそうに、気持ちよさそうに、ぴくりと体を震わせる。


「瑠那の全部、私がもらうから」


 もっと前にそうしてくれていても良かったのにな。

 妃乃の右手が、今度はわたしの下腹部へ。さらにそれは少しずつ下がっていき……わたしの大事な部分に触れる。

 風呂から上がってそのままだから。だからそんな風になってるだけ。

 なんて誤魔化しようもなく濡れたそこに、妃乃の指先が触れている。それだけでも妙な快感があった。

 指先が表面をなぞり、少しずつ、内側に入り込んでくる。他人の指先を受け入れるのは初めてで、無駄に緊張してしまう。だけど、妃乃の指先は優しくて、もどかしささえ感じた。

 ……それから。

 わたしの心を読めるというチートな力を持つ妃乃は、わたしの求めるものを的確に把握して、初めて同士とは思えない愉悦を与えてくれた。

 これはもう妃乃以外の人と交わろうなんて到底思えない鮮烈な快感で、わたしは完璧に妃乃の虜だった。

 元々自分の全部を妃乃にあげたつもりだったけれど、もっと深く、自分が妃乃のための存在になれた気がした。


 わたしが力尽きる形で行為は終わって、なんだか意識が朦朧としている間に、いつの間にかベッドに寝かされていた。タオルで体を拭かれたり、妃乃に抱き抱えられたり、ドライヤーで髪を乾かされたりした覚えはあるが、ぼぅっとしてたら全部終わっていた。


「ごめん。瑠那。せっかくの初めてをこんな形にしちゃって……」


 裸のままのわたしに抱きつきながら、同じく裸の妃乃が申し訳なさそうにこぼした。


「謝らないでいいよ。……めちゃくちゃ良かったし、こんな初めても、一生の思い出だと思う」

「……けど、私が無理矢理というか……暴走したというか……」

「妃乃も人間だってことでしょ。強引だったとしても、わたしの気持ちを踏みにじるようなことはしてない。わたしは妃乃を受け入れてた。だから、いいの」

「……そう」

「妃乃はもっと早くしてくれてれば良かったのに。どうして今まで散々焦らしてたの? 本当にわたしがそれを望んでいると思ってたから? 焦らされるのが好きだって?」

「……それも少しある。でも……怖かった」

「何が?」

「瑠那がこの先もずっと私と一緒にいてくれるなんて確信は持てなかった。今はどれだけ私のことを好きで、全部あげてもいいと思っていたとしても、ちょっとしたきっかけで私のことが嫌になるかもしれないって思ってた。

 それでもいいかなって思ってた。それは仕方ないかなって思ってた。自分の心を読まれ続けるなんて、普通の人には耐え難いことだから。

 遠くないうちに捨てられるのなら……深い繋がりを持つのが怖かった。傷は浅く済ませたかった。だから、瑠那に意地悪をした」

「……そういうこと。妃乃は、心が読めるくせに、わかってないなぁ」

「……わかってないかな」

「小説書きってのはね、自分の恥ずかしい部分も大いに晒して、物語を紡いで、読者を楽しませる生き物なんだよ。心を覗かれるなんて日常だもん。妃乃に読まれたところで大きな問題じゃないんだよ」


 小説をほとんど想像だけで書く人もいる。でも、少なからず体験を元に書くわけであって、自分の嫌な部分も、恥ずかしい部分も、改めて見つめ直して、それをちょろっと加工して世に晒す。それがわたしたち。

 だから、いいのだ。誰にでも心を読まれるのは嫌だけど、大好きな人になら、心を読まれることくらい大したことじゃない。

 むしろ、わたしの心を読んで楽しんでいってね、くらいのサービス精神まで沸いてくる。


「……瑠那。流石にそこまでオープンになれるのは、一部の特殊な人だけだと思うよ?」

「かな? 特殊でもいいよ。わたしは妃乃のためにいる、特殊で特別な存在。妃乃のためになれるなら、全部許せる」

「……やっぱり好きだなぁ。私、瑠那が好き。瑠那がいないともう無理。生きていけない」

「それでいいよ。わたし、ずっと一緒にいるから」

「……うん」


 妃乃の腕に力がこもる。

 母親にすがる童女のようでもあって、愛しさが増した。


 ……妃乃との関係については、上手くいきそうではあるけれど。

 わたしは、銀子との関係も考えないといけないんだよね。

 こんな状況で他の女の子のことを考えるのはいかがなものかとは思う。

 それでも、ちゃんと決着をつけないといけないのだ。

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