第34話 ミス

「遅かったね。我慢できずにこっそりキスでもしてきたの?」


 明音に問われて、わたしは首を横に振る。


「してないよ。したくはなったけど」

「あたしたち、しばらく目隠しでもしておこうか?」

「あ、それいいね。お願いしていい? 耳も塞いでね」

「サウンドくらいはおすそわけしてくれてもいいんじゃない? エーエスエムアールって奴」

「嫌だよ。そういうのも独り占めしたいもん」

「ケチ」

「そうだよ。わたしはケチなの。妃乃に関してはね」


 相変わらず、わたしは妃乃と二人並んで座る。そして、妃乃は誰にも渡さないという決意も込めて、その体をぎゅっと抱きしめる。妃乃もわたしの頭を撫でた。だから、撫でるなって。首筋によだれ垂らすぞ。


「ちなみに、二人がどんな話をしてたか、訊かない方がいい?」


 続いた優良の問いに、わたしは首を横に振る。


「ううん。全然。明日、妃乃の妹さんに会うことになったっていうだけ」

「ふぅん……? 妹さん、今まで会ったことないの? 家には行ってるんでしょ?」

「あー……うん。そうなんだけど……」


 魔女云々は当然言わないにしても、妃乃の家庭事情をわたしが勝手に話すのも良くない。

 引き継ぐように、妃乃が言う。


「私、一人暮らししてるんだ。妹の清雨とも離れて暮らしてる」

「へぇ、一人暮らし……。エッチだ……」

「そういう見方しちゃう?」

「年頃の恋人同士が、一人暮らしの家に二人きり……。もうそういう想像をしてくれと言われているとしか……」

「まぁ、そうだけどさ」

「ぶっちゃけ、二人ってどこまで致してるの? 普通に営んじゃってる感じ?」

「添い寝はしたことあるよ。でも、営んだことはない」

「へぇ……それは、どっちが拒んでるの?」


 優良がわたしと妃乃を見比べる。


「瑠那っていざというときにはウブなんだよね」

「ちょっと! わたしのせいじゃないでしょ!? 妃乃が何もしてくれないんじゃんか!」


 妃乃の発言にとっさに突っ込みを入れてしまったのだが、妃乃はやれやれと呆れ顔。そして、明音と優良は意外そうな顔。

 ……何か、ミスった?


「あーあ。せっかく私がスケベな女の子を引き受けてあげようと思ったのに、むしろ瑠那の方が飢えた獣だって二人にばれちゃったじゃない」

「ち、違う! わたしは別に飢えた獣とかじゃない! 迫ってくるのはいつも妃乃の方で、わたしは清い関係を保つのに苦労しているんだよ!」

「……もう無理だよ、水琴」

「弁明する程恥ずかしくなるパターン」

「や、だから、ちがっ」

「よしよし。瑠那は悪くないよ。私がいつも瑠那の食事に媚薬を混ぜ込んでいるのが悪いんだ。瑠那はスケベなことなんて何も考えない、ウブで可愛い女の子」

「頭を撫でるな! 変な言い訳をしてわたしを哀れな存在みたくするな! っていうかわたしが妃乃に迫るとかしないから、そんな言い訳はそもそも必要ない!」


 わたしがギャースカ騒いでも、もう明音と優良の認識を動かすことはできなかった。


「まぁまぁ、人間誰しも好きな人とは結ばれたいと思うわけで、水琴が特別に変だとは思ってないよ」

「瑠那も女の子なんだなぁって、それだけ」

「もう! 違うのに!」


 違わないけど! 違わないけど、なんかそういう認識を持たれるのは嫌だ!


「瑠那、落ちついて」


 妃乃の優しい囁き。気分は落ち着くけれど、体は火照るというか。


「……妃乃にはめられた」

「瑠那が勝手にすっころんで穴にはまったんでしょ。それに……別に私は瑠那だけをスケベな女の子にするつもりはないよ。私だって、エッチなことはたくさん考えてるもの。ただ、まだ時期じゃないって思っているだけで」

「……はいはい。お気遣いありがとうございます」

「素直じゃないなぁ。でも、そういうところも可愛い」

「……けっ」


 可愛いとか囁くな。何もしてくれないくせにっ。

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