第31話 時間

「それで、次は天宮さん。そっちは、水琴のどこが好きなの?」

「私はねぇ……」


 明音に問われ、妃乃がわたしを見る。


「……私の全部を受け入れてくれるところ。他の誰にも見せられない部分を含めて、ね。あと……もう一つ。

 ねぇ、瑠那。私、この二人にも、私が一番好きな瑠那の一面を伝えたい。ダメかな?」


 あえて妃乃が訊いてきたということは、つまり、わたしが小説を書いていることに関係しているのだろう。


「……それは、うんと……」

「何? 水琴、まだあたしたちに隠し事?」

「往生際が悪い」


 明音と優良に非難がましく言われる。もう……妃乃が話題に出すから、こんな反応されるじゃないか……。

 二人の視線がわたしの心に突き刺さる。ここまで来てしまったし、もう隠す必要もないのかもね……。

 いやでもなぁ……としばし言いよどんでいると、妃乃がわたしの手をきゅっと握ってくれる。それだけのことで、わたしは無駄に力が沸いてしまう。


「わたし……実は、小説を書いてるんだけど……」


 わたしの決死の告白に、明音と優良が感心する。


「え? そうなの? へぇー? すごいじゃんっ」

「小説……。なんだかすごく知的な感じ……」

「べ、別にすごくはないし、知的でもないし……」

「なんで隠してたの? 隠すことじゃなくない?」

「隠す必要はない気がする」

「だ、だって……わたしが書くの、百合小説だし……。そんなの、二人には見せられないって思ってたから……」

「ああ、なるほど。小説を書くって打ち明けることは、自分はレズビアンだって打ち明けるってことと同じだったのか」

「それなら言えないのも仕方ない」

「……そういうこと。だから、ごめん。これも、言えなかった」


 打ち明けてみれば、なんてことない秘密。わたしは小説を書いている。ただそれだけのこと。

 絵を描く人もいるし、作曲する人もいるし、小説を書く人もいる。それだけのお話なのだ。

 俯いてほっと一息吐くわたしの頭に、妃乃の手のひら温もり。


「よく頑張ったね」

「う、うっせぇな。頭撫でるなよー。わたしが年下の子供みたいじゃんか」

「瑠那の誕生日は?」

「七月十日」

「私、十二月一日。ほら、私の方がお姉さん」

「何を淀みなくお姉さん宣言してるんだ。わたしの方がお姉さんじゃないか」

「ちっ。勢いだけで乗り切れると思ったのに」

「わたしを舐めすぎだよ」

「お互いに舐めた回数は一緒だと思うけどなぁ」

「急になんの話を始めたの!?」

「もう、わかってるくせに」


 なんとなくわかってるけど! お互いを舐めた回数はディープなキスの回数と一緒だとかそういう話でしょ!?


「仲いいなぁ、お二人さん。はぁ……恋人ってずるいね。あたしたちの一年以上の付き合いを、ずっと短い時間で飛び越えようとする」

「……まぁ、こういうのは時間ではないとも思うけれど」


 明音と優良が軽く溜息。

 二人を軽んじているつもりはない。それでも、妃乃のことを好きになって、すごく大事だって、思っちゃったんだよなぁ……。

 この気持ちをどう伝えれば良いのか。

 迷っていると、妃乃が口を開く。


「瑠那は二人のことも好きだよ。私と天秤にかけて、どっちの方が大事? なんて尋ねても答えは返ってこない。私からすると、二人の方が羨ましい。恋っていう強い力で繋ぎとめなくても、簡単に揺れない絆がある。私も早くそういう領域にいきたいよ」


 その言葉で、明音と優良の顔に微笑みが浮かぶ。

 そして、少しだけ気になる一言を、優良が述べる。


「……瑠那が天宮さんを好きになった気持ちも、なんかわかる」


 それは、妃乃に特別な関心を持ったということ?


「……妃乃は誰にも渡さないから」

「そういうつもりでは言ってない。安心して」

「なら、いいけど」

「瑠那は嫉妬深い」

「……妃乃が好きなんだもん。仕方ないじゃん」

「ダメとも言ってない」

「……ん」


 妃乃の手をきゅっと握る。妃乃も握りかえしてくれる。


「瑠那、大丈夫だよ。私は、瑠那以外の誰かのところになんていかないから」


 最後に妃乃もわたしに優しく囁いて、ほっと一息。

 それから、妃乃が続ける。


「あ、それでね、私が瑠那を好きになった理由のもう一つ。瑠那は小説を書いてるんだけど、その内容がいいんだ。読み手を楽しませたい気持ちとか、幸せになってほしいっていう気持ちとかが見えるの。

 瑠那って普段は素っ気ない風だけど、本当はすごく真っ直ぐで綺麗な心を持ってるんだよ」

「へぇ、それはそれは」

「どんなのを書いているか読んでみたい」

「や、だ、ダメだから! それは妃乃にしか見せてないから!」


 妃乃にはもう読ませているけれど、友達には性描写盛り盛りの百合小説なんて見せられない!


「むぅ、まだ隠し事しようとしてる」

「……私と明音は信用されていない」

「どうやったら信用してくれるんだろうね?」

「……とりあえず、酒を飲ませるか」

「高校性的にNG」

「ノンアルコールを飲ませて、酔っぱらってる気分にさせてから色々吐かせるというあれは?」

「水琴なら引っかかりそう」

「よし。今夜決行だ」

「こらこら! 目の前で不穏な計画立てるな! っていうかわたしを何だと思ってるんだ! そんなやり方で騙されるわけないでしょ!」

「お、フラグだ」

「完璧過ぎるフラグ」

「フラグじゃないってば! もう!」


 しかし。

 この二人にも、いずれはわたしの小説を読ませるべきなのだろうなぁ……。

 性描写を削って、それっぽく仕上げた作品を準備するべきか……。

 ちょっと手間だけど、わたしの威厳を保つためには致し方ない……。

 ともあれ、大事な話はぬるっと終わって、ほっと一息吐けたのも事実。

 隠し事を抱えて付き合うのは気が重いから、今日、二人に色々と話せて良かった。

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