第29話 訪問

 翌日、土曜日。

 天気は良く、気温も高すぎないので、遊ぶのには快適。

 今日はデートではないので、というわけでもないけれど、杢グレーのカットソーにカーキのハーフパンツと、ラフめに。髪も結んで、ポニーなテールにもしてみた。

 特別おしゃれではないけれど、特別に変でもない、背景擬態ファッション。こういう恰好すると落ち着くなー。

 あとは愛用のサコッシュを肩にかけ、家を出る。時刻は午前九時。

 まずは家の最寄り駅に向かい電車に乗る。そこから一駅で妃乃の家の最寄り駅に到着し、電車の中で妃乃と合流。


「おはよう! 瑠那! 今日も可愛いね! 特にその露わになった首筋とか!」

「い、いきなり何言ってるのさ。もー……」


 妃乃がわたしの姿を見つけて、にっこりと良い笑顔。惚れる。あ、もう惚れてた。

 妃乃は、ボーダーのTシャツに黒のレースキャミソールを重ね、紺のデニムパンツを穿いている。肩にはベージュのポシェット。すっきりした印象ながら可愛らしさも滲ませていた。


「わたしより妃乃の方が可愛いよ」


 隣に立つ妃乃を褒める。にこー、と笑みを深くなった。


「ありがと。瑠那にそう言ってもらえるの嬉しい」

「……わたしも、妃乃に褒められるのは嬉しい」

「じゃあ、今から『可愛いねゲーム』でもする?」

「意味はわかるけど、電車の中でやるもんじゃないでしょ」

「なら、今度私の部屋に来たときにでも」

「いいけどさー……わたしが負ける未来しか見えないよ? 勝敗が決まってる勝負なんてつまらなくない?」

「つまらなくないし。私、もっと瑠那に可愛いって言ってもらいたい」

「欲張りめ」

「そうよ。私は欲張りなの」


 こんないちゃラブトークを密かに繰り広げつつ、電車に揺られること二十分程。

 わたしたちは、風祭明音かざまつりあかねの家の最寄り駅である、東雲駅へ。

 電車を降り、改札を抜けたところで五分程待機。紅葉優良もみじゆらがやってきて、わたしたちと合流した。


「おはよ。朝から割って入るのが申し訳ない雰囲気を出しているね。学校外だといつもそんな感じ?」


 呆れ顔の優良は、白のブラウスに青のスキニーパンツが大変スタイリッシュ。可愛いさとかっこよさが同居していて魅力的。


「か、からかわないでよ。わたしたち、別にそんな雰囲気出してないし」

「え? 自分では気づいてないの? 二人の周り、ハートマークがふよふよ漂ってるじゃない」

「そ、そんなことないし!」


 あるかな? あるかも。でも、仕方ないじゃん。わたし、妃乃が好きだもん。


「私と瑠那のラブラブ感、学校では隠すのに苦労するんだよね」


 妃乃が腕を組んできて、わたしに密着。あんまり近づくなよ。ところ構わず抱きしめてキスしたくなるじゃないか。


「学校では控えた方がいいかな。教室中にハートマークが漂って視界が悪くなるのは困る」

「そうね。代わりに二人きりのときに思い切りいちゃつく」

「ん。……何はともあれ、瑠那が幸せそうで良かった」

「……うん。わたし、すごく幸せ」

「そう。とりあえず、行こうか。明音が待ってる」


 優良が先頭を歩き、明音の家に向かう。徒歩十五分圏内の住宅街に十五階建てのマンションがあり、その十二階だ。

 エントランスでインターホンを鳴らすと、明音が応答し、エントランスの自動ドアを開けてくれる。三人でエレベーターに乗って、十二階へ。

 部屋に到着すると、ピンクのセーターに黒のミニスカートを着た明音がのんびりした顔で出迎えてくれる。


「やぁー、おはよう。休日なのに朝からご苦労様だねー」

「早起きしすぎて眠い。ちょっと寝かせて」


 のほほんと返したのは優良。この二人って結構テンポが噛み合っているので仲良しさんに見える。


「ダンボールとベッド、どっち使う?」

「間を取ってダンボールベッドで」

「それは間を取ってるんじゃなくてフュージョンさせてるんだよ」

「間を取らないで寝袋にしようか」

「着る毛布しかないけどそれでもいい?」

「うむ」

「……えっと、とりあえずお邪魔しまーす」

「お邪魔します」


 明音と優良のやり取りが続きそうだったので、程良いところで割って入る。妃乃も続いた。


「ちなみにね、妃乃、明音の家はだいたい土日には人がいないんだ」

「ふぅん? どうして?」

「両親は旅行好きで、土日にかけてよく二人で旅行に行くの。土曜の朝に出発して、日曜日の夕方から夜に帰ってくる感じ」

「なるほどね」

「そそ。あたしたちしかいないから、まぁゆっくりしていきなさい」


 明音がのんびりとわたしたちを招き入れる。

 家の中は三LDK仕様。その一室が明音の部屋。広さは七畳半くらい。

 絵描き道具が揃っている他、室内は大きな本棚があり、そこには漫画、イラスト集、画集が多数納められている。それ以外にも、壁には明音の好きなイラストや絵が散りばめられている。


「わ、すごい。個人経営の美術館みたいになってる!」


 妃乃がキラキラした目で室内を見回している。天井にまで色々と展示されていることには、苦笑気味ではあったけれど。


「入場料千円、もしくはセクシーポーズの写真を一枚」

「それ、瑠那のセクシーポーズ写真を二枚でもいい?」

「オッケー」

「勝手な提案も、勝手な承諾もやめい! わたしのセクシーポーズ写真なんて妃乃以外には見せん!」

「お? ってことは、二人の間ではそういう写真も撮り合っちゃってるわけか。そうかそうか。知らぬ間に随分と爛れた関係になったものだ」

「や、違うって! 撮られたことはないし、撮らせる予定もない!」


 そりゃ、二人きりのときに求められたら断らないけども!


「じゃあ、今度ね?」


 妃乃が耳元で囁く。足から力が抜けそうになった。お腹に力を入れて踏ん張る。


「って、優良は本当に寝る体勢になってるし!」


 優良はいそいそと明音のベッドに横たわり、今にも眠ってしまいそうだ。

 その様子を見て、妃乃がふふと微笑む。


「なんて言うか……自由空間だね、ここ」

「……アーティストは自由に生きるものなんだよ。きっと」


 絵描きの明音も、キーボーディストの優良も、学校の外では奔放さを抑えようともしない。

 そして、自分が自由でいたいからこそ、他人の自由も阻害しないで尊重する。

 だからこそ、わたしも居心地が良いのかな。


「楽しい一日になりそう」


 妃乃の言葉には、少しだけ嫉妬した。

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