第18話 返事

 言葉の真偽を疑うわたしに、妃乃は言う。


「雪村銀子って言うんでしょ? 瑠那の執筆友達。そして、瑠那のペンネームは、夏海なつみひまわり」

「……は? え? な、なんで知ってるの!?」


 わたしは一度としてその名前を出していない。絶対口にしないと決めていた。心でも読まない限り、妃乃が知るはずのない情報だ。


「だから、瑠那の心を読んだんだよ。私は、そういうことができてしまうの」

「……え、待って、そんなのあり得ないって。また何か変なこと言ってわたしをからかってるだけでしょ?」

「からかってない。本当のこと。私は他人の心を盗み見る魔女。だから……両親も、妹も、この家から出て行った。私に心の全部を覗かれるなんて、気持ち悪いから」


 妃乃に、わたしをからかっている様子はない。その言葉には、本気の悲しみや寂しさがにじんでいる。


「ほ、本気で言ってる、の?」

「そう。……嘘だと思うなら、何か考えてみて。私がそれを全部当ててみせるから」


 試しに、何も言わずに考えてみる。

 妃乃の得意科目は?


「私の得意科目は英語、かな」


 コーヒーにミルクは入れる?


「コーヒーはそもそもあんまり飲まないんだよね。でも、飲むときにはミルクを入れるよ」


 初恋はいつ?


「初恋は小学五年生の頃だった。そのときはまだこの力にも目覚めていなくて、ごく単純に恋をしていたなぁ……」

「……マジでわかるの? わたしの、心の声」

「わかるよ。なんならイメージも読みとれる。流石に過去にどう考えていたかまではわからないけど、リアルタイムの心は、全部わかるよ」

「……嘘」

「本当」

「え、じゃあ、え? わたしが考えていることも、妄想していることも、全部筒抜けだったってこと!?」

「そうだよ」


 え? え? え?

 わたし、今まで一体何を考えてた? どんな妄想してた? わたし……結構ハードな妄想たくさんしてなかった!?


「妃乃……。それ、どこまでの範囲でわかるの? 目の前にいる相手のことがわかるくらい……?」

「その人の心の声の大きさによるけど、耳で聞こえる範囲とそう変わらない。ただ、心の叫びなんかは、遠くにいても聞こえることがあるね」

「そう、なんだ……へぇ……」


 わたしと妃乃は同じクラス。ということは、わたしの心の声なんて全て伝わっていると考えて良い。

 わたし……相当ヤバいこと考えていたよね? とても人に言えないこと、たくさん考えていたよね?

 それが全部伝わっていたなんて……。体から一気に熱が引いていく。


「……勝手に心を覗いて、本当にごめん。一応、耳を塞ぐように、多少はこの力も調整はできるの。でも、完全にシャットアウトはできなくて……。強い気持ちは特に伝わってくるから、瑠那のことは、結構……」

「は、はは……」


 今まで自分が考えていたことが、脳内をさっと駆け巡る。

 わたしの、全部を、覗かれていた……。

 ショックで何も考えられずにいると、妃乃がふっと力の抜けた笑みを浮かべる。


「……ごめん。こんな話、しちゃいけなかったよね。ずっと秘密にしておくべきだった。秘密にして、何も聞こえていないふりをして、生きていかなきゃいけなかった。甘えちゃってごめん」


 ため息一つ分、言葉を区切って、妃乃が続ける。


「私、もう学校に行くのもやめるね。ちょっと手間だけど、転校する。だから、瑠那は今まで通りに学校に通って。

 ただ、一つお願い。私が魔女だってことは、誰にも内緒にしてて。まぁ、言っても信じないとは思うけど、気軽に話していいことじゃないんだ。

 ……それじゃあ、今日はごめん。もう、帰るよね? 夜道を一人で帰るのはあまりよくないし、タクシー呼ぶね。ああ、お金の心配はいらないよ。私、魔女としてのお仕事が少しあって、お金はそこそこ稼いでるの。だから……大丈夫」


 妃乃が席を立つ。

 わたしの思考はほとんどとまっていたけれど、妃乃の唇も、その繊細な指先も、震えていたのはわかった。


「待って」


 何も考えられないけれど、咄嗟にそれだけ口にできた。


「……どうしたの?」

「わたし、まだ返事、聞いてない」

「返事って……?」

「告白の、返事」


 そうだ。わたしはまだ、告白の返事を聞いていない。何も聞かず、帰ることなんてできない。

 わたしだって、決死の告白だったのだ。一世一代の大勝負だったのだ。


「返事って……。それ以前に、瑠那が冷めたでしょ」

「……待って。勝手に決めないで。わたしの心が読めるからって、わたしの気持ちの全部までわかったようなことを言わないで」


 妃乃の話はショックだった。恥ずかしくて死にたくなる。

 だけど、だけど、だけど!

 わたしは……妃乃のことを嫌いになったわけではない。

 ただただ恥ずかしいだけだ。穴があったら入りたいなんて、日常では絶対使わないような言葉を思い浮かべるくらいに。


「瑠那……」

「返事を聞かせて。妃乃の気持ちを聞かせて。ねぇ、妃乃は……わたしのこと、どう思っているの?」


 妃乃を見つめる。妃乃は、わたしを見ない。


「……なんとも思ってないよ。私、瑠那のことは友達としか思ってない。だから、ごめん。付き合うとかは、無理」

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