第9話 あり?

水琴みこと、最近は天宮さんと仲いい感じ? どったの?」


 金曜日の昼休みのこと。

 食事をしながら尋ねてきたのは、わたしが学校でよく一緒に過ごす二人のうちの一人、風祭明音かざまつりあかね。美術部に所属しており、ふわふわのセミロングの髪と、落ち着いた雰囲気が特徴的。身長は小柄だし童顔ぎみだしで実に可愛らしい。


「んー……最近、少し話すようになって。家の最寄り駅が近くて、駅とか電車でたまたま会って話してたら、よく話すようになったかな」


 嘘だけど。

 わたしが妃乃を見過ぎてて、不審に思った妃乃が声をかけてくれて、流れで仲良くなっただけ。

 わたしが見過ぎていたことを打ち明けられないから……ごめん。嘘を吐かせて。


「そうなんだ。天宮さんって誰とでも仲良くなれそうだもんねー」


 話を振ってきたものの、明音は強い関心を抱いていたわけではないみたい。

 一方、わたしのもう一人の友人、紅葉優良もみじゆらが言う。


「天宮さん、男子より女子に興味があるって噂、本当かな?」


 優良は、ショートカットのちょっと凛々しい雰囲気の子で、軽音部に所属している。普段は淡々としていて、冷静に見えるのだけれど、冷静に色々とやらかすタイプ。宿題やってないも、弁当持ってくるの忘れたも、日常の一コマ。


「えっと……天宮さんって、そんな噂があるの?」

「一部ではね。まぁ、どんな男子に告白されても付き合おうとしないし、そもそも普段から男子と距離を置いてる感じだから、誰かが身勝手な予想を口にしただけだと思う」

「……男子と付き合ってなかったら女子が好きだなんて、安直すぎるよ」

「私もそう思う。まぁ、単なるしょうもない噂。変なこと言ってごめんね」

「わたしに謝られてもね」

「それもそうだね。でも、もしもの話。天宮さんがそういう人だったら、瑠那はどうする?」

「え? どうするって?」

「天宮さんが、瑠那に恋愛感情を持って接してきているのだとしたら、それに応えるつもりはあるの?」


 淡々とした問いかけに、くらりと頭が揺れそうだった。


「えっと……どうしてそんな質問が出てくるの?」

「え? 深い意味はないけど。強いて言えば好奇心?」

「好奇心でそういう質問をするのもどうかと……」

「まぁ、そうかもね」


 優良と明音が視線を交わす。そして、引き継ぐように明音が言う。


「水琴は真面目だなぁ」

「……盛り上がりに欠ける奴でごめんよ」

「悪いとは言ってないよ」

「……うん」

「ちなみに。あたし、女同士もありなんだけど、変かな?」

「……うん? ありって言うのは、誰かが女同士で付き合ってても別にいいじゃん、な話?」

「それもありだし、自分が女同士の恋愛をするのもありだと思っているっていう意味」

「……え? そうなの?」


 唐突なカミングアウト。いやでも、これはありかなしかで言えばありという意味であって、積極的にそういう恋愛をしたいわけではない……よね。

 わたしとは違う。

 世間一般で普通と認識される恋愛ができる人だからこそ、安全圏からこんな気軽に打ち明けられる。

 安全圏なんて思うのも、意地悪かもしれないけれど。


「変かな? BLもGLもたくさん読むから、なんか感覚バグってるかも」

「……へぇ。意外ではあるけど、変ではないんじゃないかな?」

「そっかそっか。ちなみに、紅葉はどう思う? あたし、変?」

「変とは言わない。ただ、私の場合、同性同士の恋愛も好きにすればいいと思ってるけど、自分が女子と恋愛することは想像できない」

「否定はしないけど、当事者にはなりたくないタイプだ」

「ん……そうなるかな」

「水琴はどう?」

「え? わたし? えっと……」


 なんと答えればいいだろうか。

 むしろ女同士の恋愛しか考えられない……と素直には言えない。

 わたしには、男子に恋をする気持ちなんてわからない。異性だけに恋する人が、同性に恋する気持ちがわからないのと、たぶん同じ。


「ありといえば、ありなんじゃない、かなー……。他の人がそういう恋愛をしてるのは全然いいと思うし、自分が当事者になるのも……明確に拒絶感があるわけではない……と思う」

「そっかー。じゃあ、あたしと付き合ってみる?」

「はぁ!? なんでいきなり!?」

「……そんなに驚かなくても。お試し恋愛。あたし、ぶっちゃけ一度は彼女作って、いちゃらぶしてみたい」

「え? ええ? そ、それはまた話が別というか……。友達じゃん……」


 女の子しか恋愛対象にできないからって、誰でもいいわけじゃない。

 むしろ、好きになる相手なんて本当にごくわずか。そのくせ同性同士の恋愛をする人がごくわずかだから、恋愛まで発展することはほとんどない。

 明音のことも、優良のことも、友達としては好き。だけど、恋人にしたいと思ったことはない。だからこそ、変に意識せずに一緒にいられる。


「ダメか……。手を繋いで歩くとか、軽く抱き合うとかだけでもいいんだけど」

「……そういうのは、お試しじゃなくて、本気で好きになった相手としたらいいよ」

「真面目だなぁ」

「……恋愛ってそういうものじゃない?」

「んー……まぁね。ただ、あたしの場合、そんなこと言ってたら誰とも付き合えないかも。よく知りもしない相手のこと、真剣に好きになることはできない。この人好きかもなー、くらいで付き合って、交流していくうちに、真剣に好きになっていく……。そんなもんじゃないのかなぁ?

 むしろ、どうして他の人は、ろくに知りもしない相手のことを、真剣に好きだなんだって言えたりするの? それって、その人を好きになったんじゃなくて、自分の中の勝手なイメージに恋してるってだけじゃない?」

「……お、おう」


 明音は割と真剣に恋について考えているらしい。意外な一面だ。この二人とは一年生の頃から一緒だけれど、明音はもっとふわふわした恋愛観を持っていると思っていた。今まさに明音が否定したような、勝手に憧れて、勝手に好きになるような。

 ……明音は、一年生のときに半年くらい同じ美術部の男子と付き合っていた。そのときも、こんな風に好きになっていったんだろう。

 ちなみに、優良も一年生のときに男子と二週間だけ付き合っていた。告白されて付き合い始めたけれど、誰かの彼女でいることの窮屈さが嫌になってすぐに別れたとか。デートするより音楽聴いてる方が楽しい、とも言っていた。


「明音の言ってることは、ある意味真理かもね」


 わたしが評すると、明音が首を傾げる。


「それはつまり、あたしとお試し恋愛してみる気になったってこと?」

「違う! 違うから! わたしはそういうの……お試しでできるタイプじゃなくて……」

「じゃあ、恋愛関係になれるかどうか、試してみる?」

「へ? ど、どういう意味?」

「一緒にいる時間を増やすとか、なるべくくっついてみるとかから始めてみない?」

「いや、その……だから……」


 わたしが妃乃のことを好きじゃなかったら、密かに大喜びしていた提案なのかもしれない。

 明音のことは嫌いじゃない。友達として見ているといっても、明確に境界線が引いてあって、絶対に恋愛には発展しないと確信している程ではない。

 だけど、やっぱりダメだ。

 わたしは、妃乃のことが好きなんだ。

 妃乃じゃないと、ダメなんだ。


「明音。瑠那が困ってる。その辺にしておいたら?」


 優良が口を挟んでくれて、明音が優良の方を向く。


「優良はどう? あたしとお試し恋愛してみない?」

「見境なさ過ぎ。誰でもいいのか」

「誰でもは良くないよ。二人ならいいかなって思っただけ。二人とも好きだからさ?」

「浮気者め」

「恋愛感情じゃないからセーフ」


 この話はここで終わったけれど、わたしの胸はざわついていた。

 身近では、絶対に女同士の恋愛なんて発生しないと思っていた。あり得ないと断定していた。

 そうでも、ないのかな……?

 案外、そういうのもありだと思っている子は、少なくないのかな……?

 もしかしたら、本当に、妃乃とも付き合える未来があるのかな……?

 悩ましく感じながら、残りの昼休みを過ごした。

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