5.旧交は人肌で温まらない

 おれがバルグリフの冒険隊パーティにいたときのことについて、少し話をさせてくれ。だいたい、3年か4年か5年か6年くらい前のことだ。


 魔術の師匠の元を飛び出し、冒険者を志したおれは、同じ駆け出しだったバルグリフと出会った。



「破壊魔法はできないよ」



 冒険者の集まる酒場は「竜と迷宮を進め」という名の店だった。店の一画には、魔獣退治だの隊商の護衛だのといった仕事依頼の張り紙が、壁一面に張り出されている。その壁の近くで、戦士ファイターバルグリフと斥候スカウトリッグズとテーブルを囲んだのが出会いだ。


 魔奏士MJの奏でる音楽が騒々しい店内をさらに賑やかに彩る中、おれたちは声を張って喋らなくてはいけなかった。おれの言葉にリッグズが顔をしかめ、細い目がますます細くなったのをはっきりと憶えている。



「その……差支えなければ、君になにができるのかな? 攻撃ができない魔術師ウィザードになんの価値があるか、教えていただけるだろうか」



 エルフの郷の出身であることを差し引いても、こいつの慇懃無礼さには悪意があった。



魔法鍵ウィザード・ロックの解除、野営をするときに張る結界、魔獣の探知、魔法的な干渉からの防護や操作……なんでもできるけど?」


「ふうん……」



 馬鹿にしたような笑いを口元に張り付けたまま、目を逸らしたリッグズの横からバルグリフが口を出す。



「や、魔法がわかるやつにいてもらえるのはありがたいし、こういうのは縁が大事だ! 一緒にやろう!」



 そうして、おれはその後しばらくバルグリフたちと行動を共にするようになった。まずは基本の小鬼ゴブリン退治や隊商キャラバンの護衛、盗賊団に攫われた人質を救出する依頼では、おれが交渉に立って血を流さずに解決したこともある。それなりにいいチームだったとおれは思っていた。


 実のところ、バルグリフは腕は立ったがそれ以上に弁が立った。自分がいかに優れているかを強調し、依頼者や町の名士たちといつの間にか顔をつなぎ、指名の依頼をちょくちょく取って来た。その一方で、小心者で名誉欲が強く、「自分の振る舞いが周囲にどう見えるか」ばかりを気にするような男でもあった。


 依頼をこなし、階級レベルも上がり、得る報酬も徐々に増えていくのは確かにバルグリフのおかげもあった。が、別に仲がよかったわけではない。仕事の最中にトラブルになることもしばしばで、特におれはよくバルグリフと対立した。盗賊団から血を流さずに人質を解放した件がバルグリフの手柄になっていたときなど、殴り合いにまでなることもあった。


 リッグズや他の仲間はだいたい、バルグリフの味方をした。そもそもリッグズは最初からおれのことを見下していたみたいだ。エルフの癖に権威主義的で、「魔術師ウィザードは破壊魔法で敵を殲滅すべき」みたいな先入観があったのだろう。魔法を学んでいない奴ほどそんなものだ。もっとも、そんな強力な破壊魔法が使える魔術師がバルグリフやリッグズのような駆け出しを相手にするわけがないのだけど――



「……ひがむのはよしたらどうかな、ラッド。君に破壊魔法ができないからって、他の魔術師ウィザードをどうこう言うのはフェアじゃないだろう?」



 ある日、リッグズは得意気な顔でそう言った。隣には栗色の豊かな髪に魔導帽をかぶった女がいる。その日も相変わらず、店の中にはダブ・ミュージックが鳴り響いていた。



「彼女はペイリー。破壊魔法のエキスパートだよ」


「初めまして、ラッドさん。もっとも、一緒に仕事をすることはなさそうですけれど……」



 彼女はそのあどけない顔を、心底残念だという風に動かしながらそう言った。



「……どういうことよ?」



 おれは言った。リッグズにもペイリーにでもなく、その後ろでばつが悪そうにしていたバルグリフにだ。バルグリフはなにか言おうとしていたが、それを遮ってリッグズが口を開く。



「君はもういらないよ、ラッド」


「……ちょっと待てよ。急になんだよ」



 なおも黙っているバルグリフに、おれは声をあげる。



「なんとか言えよバルグリフ!」


「……俺たちはもっと上を目指す。そのためにはお前は必要ないんだよ」


「よくもそんなことが言えるな。おれがこれまでどれだけこの冒険隊パーティに貢献してきたか……」


「これからは支援者パトロンも必要になる。破壊魔法を使えない魔術師ウィザードがいるってのは正直、アピールにマイナスなんだ」


「……そんな……」



 隣でリッグズが得意気な顔をする。



「その点、ペイリーのような美しい女性ならアピールにも抜群というわけだ。君と違ってね」


「ふふ、リッグズったら……そんなこと言ったらこの人が可愛そうよ」



 いやに親し気な雰囲気を出すリッグズとペイリー。ああ、そうかい、そういう感じかい――



「……わかったよ、あとはそっちでよろしくやりなよ」



 おれはそう言って酒場のテーブルから立ち上がった。



「ああ、ちょっと待ってラッド」


「……なに?」



 リッグズから呼び止められておれは振り返る。



「金に困ったら声をかけてくれ。ペイリーの荷物を運ぶ人足が必要になるからね」


「…………ッ!」



 さすがに睨みつけはしたものの、リッグズはペイリーの肩を抱いてへらへらとしていた。その横で一見、神妙な顔をしているバルグリフに一瞥を送り、おれはため息をついて酒場を出た――


 * * *


「……やっぱりここにいたか」



 かつては冒険者の集まる酒場だった「竜と迷宮を進め」亭だが、冒険者ギルドが設立されてからはそちらが中心となり、今ではすっかり寂れてしまっていた。店主さえもいない静かな店の中、薄暗いカウンターの一角に座る大柄な男に、おれは声をかける。



「…………」



 戦士ファイターバルグリフ――いや、今や魔王を倒した救国の英雄・勇者バルグリフは、淀んだ目でおれを見たが、すぐにまた酒へと戻っていく。英雄とは思えない質素な服は昔のままだった。おれはカウンターへ歩み寄り、バルグリフの隣に座る。



「なに勝手に座ってんだ。近ぇよ」


「嫌がらせに決まってんだろ」



 口を開いたバルグリフにそう言い返し、おれはそこらに転がっていたジョッキに、酒瓶から酒を注いだ。



「なにしろ、お前らには散々迷惑を被ったんだ、こっちは」



 冒険隊パーティを追い出されたことは、まあ、いい。しかし、問題はそのあと――バルグリフとリッグズ、ペイリーは、冒険者たちの界隈におれの噂をあることないこと触れて回ったのだ。自分たちの都合で一方的に追い出したという負い目があったのかもしれない――その負い目を自ら正当化するため、おれを悪者に仕立て上げたかったのだろう。それ以来、おれはすっかり冒険者が嫌になり、屑拾いラグ・ピッカーとして暮らして来た。まあ、そちらの方が性に合っていたのもある。



「……あんな陰険な真似をしてた連中が救国の勇者? そんなのに殺されたんじゃ、魔王も浮かばれないよな」



 ジョッキに満たされた質の悪い蒸留酒を煽り、おれは言う。バルグリフは一瞬、ハッとした顔でおれを見た。もうそれで、おれは全てを悟ってしまっていた。


 おれは言葉を選び、口に出す。



「……リッグズはなぜ死ななければならなかった?」



 バルグリフは唇を震わせながらジョッキを持ち上げたり、降ろしたりしていた。おれは構わずに喋る。



「まあ、くだらないヤツだったけどさ……それでも、魔王を倒した英雄のひとりになったんだろ? あんな死に方をしていいはずがない」


「…………」


「お前らが実際に魔王を倒したか、どうかはどうでもいいけどな……少なくとも、なにかの火種にはもうなってるみたいだ。一体、なにが起こって……」


「……う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」



 バルグリフが不意に、絞り出すような声を挙げた。



「なんだお前は! いきなり出て来てなんなんだ! 冒険者崩れの屑拾いラグ・ピッカー風情が、勇者の俺に、偉そうに!」


「お、おい。落ち着いて……」


「うるさいってんだよォ!」



 バルグリフが急に、酒瓶を手にして振り回す。おれはすんでのところでそれをかわし、床に転がる。



「魔王を倒したのは俺だ! それでなにが悪い! 俺は救国の勇者なんだよォ!」



 なおもバルグリフは酒瓶を振り回し、襲って来る。くそっ、錯乱しやがって――


 おれは酒瓶を振り下ろすバルグリフの腕に手を添え――身体を反転させて足を払うようにその懐へと潜り込む!


 ――ズダァン!



「が……ッ!?」



 おれに投げ飛ばされ、一回転して床にたたきつけられたバルグリフが呻いた。



「いい加減にしろよバルグリフ。のを忘れたか?」


「…………ッ!」



 倒れたまま、血走った目でおれを睨むバルグリフ。おれは膝の埃を払い、立ち上がる。



「また会いに来る……くれぐれも夜道には気をつけてくれ」



 今の騒ぎで店を覗き込む人の目があった。おれはバルグリフをその場に残し、足早に立ち去った。


 * * *


 翌日。


 おれは元から引き受けていた魔導器鑑定の仕事をこなすために出かけていた。また資格が狙って来るかもとは思ったが、ずっと閉じこもっているわけにもいかない。


 幸い、特別なこともなく仕事を済ませ、迷宮団地城ダンジョン・マンションの方へと戻ろうと歩く。一応、人通りの多いところを歩こうと、露店街のひしめく街区を通ることにした。


 曇り空の下、小雨が降っているにも関わらず、露店街には人が多く行き交っていた。細工物や日用品などが売られる露店が多く立ち並び、市民だけでなく貴族の屋敷の使用人なども多く訪れる場所だ。買い物と関係なく、傘の下で談笑する娘たちや、流行りの図柄について尋ねる者の声、怒鳴り合いのケンカなど、様々な声が飛び交う中を、おれはぶらぶらと歩いた。


 ふと、小さな露店が目に入る。腰の曲がった男が、分厚い紙入れをいくつも並べているだけの店――伝聞屋ロア・ブッカーだ。おれは近づき、声をかけた。



「一昨日、殺された勇者の仲間に関しての話はあるかい?」



 男はおれを見上げ、ニヤリと笑った。紙入れのひとつを取り上げ、中から一枚の紙を取り出してみせた。同時に、小聖典プエルムを横に広げる。おれはその小聖典プエルムに向かって「支払い《チェック》」を呪文を唱え、おれの残高が数クレジット減る。それを確認した男は、その紙をおれに手渡した。


 ----------------

 斥候スカウト・リッグズの死


 早朝、城門前広場で槍に貫かれ、ひとりの男が死んでいた。魔王を倒した勇者の仲間、エルフ族のリッグズ――そのような強者を、誰が殺せたのか。近隣の者たちの中に争う音、炸裂する魔法の光などを見聞きした者もいない。まるで、リッグズの死だけが広場に突如、現れたようだ。


 魔王を殺したのは勇者バルグリフではないという噂さえ、ある。もしそうなら、リッグズは口封じに殺されたのではないだろうか――

 ----------------



「この話、売れてる?」


「ええ、そりゃもうねぇ」



 おれの問いかけに店主は下碑た笑いを浮かべた。



「ついこの間まで人気ナンバー1だったのが、勇者の魔王討伐の動向でね……それが終わって商売あがったりかと思ったらこれですわ。いやいや、ありがたいこって」



 ヒッヒッヒッ、と笑う店主に紙切れを返し、おれはまた歩き出した。


 やはり、あの一件がきっかけで、魔王を倒したのがバルグリフではないという噂が広まり出したらしい。もしかすると、聖典教会が噂を流しているのかもしれない。あるいは、リッグズを殺したのも聖典教会の仕業か――? なにしろ、聖典騎士団には勇者たちと同じか、それ以上の強者がいるのだし――


 そんなことを考えながら人混みをかき分け、おれは歩いていた――と、おれに語り掛ける声が脳内に飛び込んできた。



『ラッド……話がある。町はずれの円形闘場跡へ来い』


「……バルグリフ?」



 念話魔法術マジック・ウィスパー――離れた距離の音を聞いたり、声を届けたりする魔法だ。おれはあたりを見回す。それほど離れたところから届く魔法ではないはず――しかし、人混みの中にバルグリフの姿は見当たらなかった。


 * * *


 そもそも、古代魔法帝国の遺跡の周りに人が集まってできたのが王都だ。迷宮団地城ダンジョン・マンションなんかは王都ができるより前から人が住みついていた旧市街でもある。


 その遺跡のひとつが、円形闘場跡。町からはだいぶ離れた岩がちな場所にあるので、人はあまり訪れない。魔獣が棲みついていることさえある。


 時刻は夕暮れに差し掛かったころ。円形闘場の真ん中に、鎧を着込み、抜き身の剣を手に提げたバルグリフがおれを待ち構えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る