第22話 やさぐれた日の土竜芋焼き 前編

「――まもりと喧嘩をした?」


ジェイクさんが頓狂な声を上げている。


穏やかな昼下がり。中庭のベンチに彼を呼び出した私に向けて、やや呆れたように訊ねた。


「原因は?」


無言で下を指差す。


私の膝の上では、リリィがすやすやと心地よさげな寝息を立てていた。


バーニャの元から逃げ出して数日経っている。


なのに、リリィは家に戻ろうとせず、神殿に居座り続けていた。


気付いているだろうに、なぜかバーニャも迎えに来ない。


幼子である。誰かが面倒を見なければならなかった。


となると、必然的に一番懐いている私に出番が回ってくるわけで――。


リリィはずっと私にべったりだ。妹はそれが気に入らないらしい。


「私ね、浮気者って罵られたんですよ」


「……なんでだ?」


「わかりませんよ! この子が私に懐いているのが嫌みたいで……」


しばらくは、妹もリリィの存在を受け入れていたのだ。


不満そうではあった。いつも以上にべったりくっついてくるなあとは思っていたのだ。


いまになって考えてみると、あの態度こそが妹が発していたSOSだったのかもしれない。


そして昨日。


とうとう我慢の限界を迎えた妹は、真っ赤な顔でこう叫んだ。


『おねえちゃんは私のおねえちゃんなのに! ばかー! 浮気者ー!!』


それから目を合わせてもくれなくなったのである。


必死に取りなそうとしても、暖簾に腕押し。妹の態度は時間経過と共に悪化していき、今朝なんて話しかけても無視されてしまった。


ご飯だけはペロッと完食していたけれど――。


なにも言わずに出て行った妹を見送った後、虚無感に襲われたのを覚えている。


「意味がわからない。浮気ってなに。そもそも、外で妹を作るってなんなの。日本語としてありなの? こっちは必死に帰ってきたってのに、この仕打ちはひどくない!? ああああああああああっ! もうっ!! 付き合ってられないわよ!!」


「……ほ、穂花。落ち着くんだ」


「これが落ち着いてなんていられますか!!」


イライラしていた。


理不尽な仕打ちに心がささくれ立っている。


一方で、冷静になれともうひとりの自分が訴えているのにも気付いていた。


喧嘩なんて別に珍しくない。


仲良し姉妹と言っても、ぶつかり合うことだってある。


妹はどちらかというといじっぱりで、喧嘩しても自分から謝罪が言い出せない性分だった。


もしかしたら今回もそうかもしれない。


「リリィは神殿の奴らからもチヤホヤされているからなあ」


ジェイクさんが苦笑を浮かべた。


愛らしいリリィは、いまや神殿のアイドル状態だ。


難民たちの中には、熱狂的なファンまでいるようで――。


炊き出しの手伝いをするたび、興奮した男たちを牽制するのに、騎士が動員される始末だった。


「まもりの気持ちはわからないでもない。やたら目立つ女の子が大切な姉を独占していたら、そりゃあ気が気じゃなくなくなるんじゃないか」


「……子どもじゃあるまいし」


「年相応ではないと俺も思うさ」


ちろりと金色の瞳を私に向ける。


「だが、お前たちはずっとふたりでやってきた。だろう? 普通の環境で過ごしてきたとは言えない。神からもらった恩恵も半分ずつ。ふたりで一人前だった。そこに不協和音が入り込んできたら、焦る気持ちも理解できるがなあ」


小さく肩をすくめて言った。


「大人なんだから、穂花の方から折れてやればどうだ」


「うう……。わかってます。わかってるんですけど!」


さすがはジェイクさん。賢明な判断だ。


普段の私だったらそうするとも思う。


素直に謝って、仲直りできたらどんなにかいいだろう。


――でもね!?


大声で叫びたい気持ちを抑えて、手をワキワキと動かした。


「いっつも私ばっかり折れてると、ストレスが溜まるんですよ!!」


「そ、そうか……」


「こっちだって人間です。確かに姉ではありますけど! 感情はあるんですから!! それなりに思うところがあるわけで!!」


「そうだなあ……」


「そうだなあ、じゃないんですよ!!」


ぼんやりとした返事しかくれないジェイクさんをジロリとにらむ。ビシリと指を突きつけた。


「という訳で、たまったストレスを解消するお手伝いをしてくれません?」


「……手伝い?」


「ええ! 晩酌に付き合って下さい。パーッと飲んでストレスを発散させます。妹を傷付けないためにも!! 必要な儀式です!!」


ムシャクシャしたら、好きなものを食べながら飲むに限る!


昔から、こうやって自分を慰めてきた。まあ、喧嘩をするたびにやっていたわけじゃないけれど。


異世界に来てずいぶん経っている。


ここらで、溜まったものを派手に発散させたい。


「まあ、俺でいいのなら……」


「やった! じゃあ、おつまみを一品持ってきてくださいね?」


「つまみ?」


「そうです。お酒はこっちで用意しますから。できればおすすめのものを」


ジェイクさんは不思議そうに首を傾げた。


「変な気分だな。いつも飯を食わせてくれるお前に差し入れるなんて」


「そう思っちゃいます?」


ハハッと乾いた笑いをもらした。


「自分のご飯ばっかり食べてるとね、飽きるんですよ」


「飽きる」


「絶対に予想から外れない味になるでしょう? 刺激のない食事って、徐々に心を蝕んでいくんです。世の奥様が、ときおり猛烈に外食をしたくなる理由はコレ!! 間違いありません。で・す・か・らッ!! 今回の会はご飯持ち寄りです。わかりましたか!!」


「お前も大変なのだな……」


哀れみの混じった眼差しを向けられて、暗い笑みを浮かべた。


「別に。ときどき爆発するだけです」


「わあ」


コホン、とジェイクさんが咳払いした。


「わかった。晩酌に付き合おう」


「やった!」


ぱあっと表情を明るくしていると、ジェイクさんがなにやらひとり考え込んでいる。


ぴくぴくと長い髭を動かし、ニタリと不敵に笑った。


「ならばジオニスの奴も誘おうではないか。腐っても教皇だ。珍味を隠し持っているに違いない」


「おお……!」


「がぜん楽しみになってきたな」


「ええ!」


がっしり握手を交わして笑顔になる。


やった! 今晩は美味しいお酒を飲むぞ!!

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