第3話 火食鳥レバーのアヒージョ 前編

「獲ったあああああああああっ!」


威勢のいい声が森に響いている。


ガサガサと藪の中から現れた妹は、全身を傷だらけにしながらも、得意満面で言った。


「今晩のおかずゲットしたよ~。おねえちゃん、この鳥さん好きだったでしょう!」


その手には、ぐったりとして動かない鳥が一羽。


真っ赤な羽を持った鳥の名前は火食鳥――。


もちろん普通の鳥じゃない。火を吐くという魔物だった。


「やっと帰ってきたと思ったら!」


思わず苦い顔になる。


黄昏時。辺りは薄闇に包まれていた。


野営をしようと準備していたら「ご飯を獲ってくる!」と置き去りにされたのだ。


昏い森に取り残された私の気持ちを察してほしい。どれだけ心細かったことか!


この子、たまに周りが見えなくなることがあるのよね……。


ここは異世界だ。いつかは致命的な問題を起こしそうで怖かった。


「あのね」


「なになに。おねえちゃんっ!」


文句を言おうと口を開く。けれども、妹が「褒めて」と言わんばかりに目をキラキラさせていたので、口をつぐんでしまった。


私のために頑張ってくれたんだよね……。


眉間の皺を深くして、しみじみとため息をこぼす。


「どうしたの?」


無邪気な様子で首を傾げた妹に、かぶりを振ると、


「食材調達ありがとう。えらいねえ」


いつものように頭を撫でてやったのだった。


――私ってば、妹に対して甘すぎるなあ。


そんな風に呆れながら。



   *



私たちが神様から与えられた使命は、魔物や飢餓に苦しむ人々を救い、導くこと。


言葉だけ聞けば、実に大層な使命なように思える。


しかし実態は、魔物が多い場所に取り残されてしまった人々を安全な拠点へ誘導したり、無料で食事を振る舞ったりするだけだ。


ようは、災害時に活躍する自衛隊みたいなものだろうか。規模はまるで違うけれどね。


そんな私たちをサポートしてくれる団体がいた。神殿だ。


私たちを異世界に連れてきた神様を信仰している。


彼等の助けを借りながら、私たちはこの世界で活動していた。結界を張る魔道具なんかは、神殿からの貸与だったりする。


テオたちと別れた後、しばらく周辺を探索したが、他に逃げ遅れた人たちはいないようだった。


「うん。もういいでしょ。拠点に帰ろうか」


山には多くの魔物が生息している。できるだけ早く下りるべきだろう。


拠点は峠をひとつ越えた向こう。

急いではいたのだが、あっという間に夕方になってしまった。


無理に進んでも危ない。開けた場所を探して野営をしようと決めた。


「ねえねえ、今日はなにを作るの?」


「そうだなあ。火食鳥でしょ……」


雑談をしながら野営の準備を整える。


妹は宙から次々と野営の道具を取り出していた。


簡易テントに寝袋。焚き火用の薪に小さな椅子……。


なにもないところから、ポイポイ道具を取り出す様はまるで手品だ。


異世界に喚ばれた私たちは、神様から様々な特別な能力を授かっていた。


これもそのひとつ。異次元収納だ。


「本当に便利だよね、それ」


収納の中は時間が停まっている。要領は無限。いくらでも入るという。

おかげで手ぶらで旅が出来ている。


「フッフッフ。異世界ものじゃあ定番なのだよ、おねえちゃんっ!」


「なにが定番なんだか……」


得意満面の妹に苦笑しつつ、どんなメニューにしようかと思いを巡らせていると――。


ガサササッ!


目の前の藪が大きく揺れた。


「ひっ……!」


――なにかいる。


「ま、まもり。結界は張ったのよね!?」


「もちろんだよ。魔物は近づけないはず!」


「じゃ、じゃあなんなの……」


「獣かもしれない。普通の動物に結界はきかないから」


妹は、私を守るように立ちはだかった。


「安心して。私がおねえちゃんを守るから!」


力強い言葉だ。けれど――肝心なものが足りない。


「ところでまもり。刀は……?」


「えっ?」


さあっと妹の顔から血の気が引いて行く。


刀は簡易テントの側に置き去りにされていた。


野営の準備をしていたから、置いてきてしまったのだ。


嫌な予感がする。けっして遠くはないが、戦闘では致命的な距離だった。


「……やばい」


「やばいね」


ピンチである。語彙力が消失した私たちは、震えながら後ずさりするしかない。


やがて、藪の向こうにいた存在が動き出した。


ガサガサと藪をかき分けて現れたのは――見上げるほど巨大な狼。


灰色の毛並み。口もとから鋭い歯がのぞいていた。


暗闇の中、大きな瞳が爛々と輝いている。あまりの恐怖に私たちはすくみ上がった。


「「た、食べないでえええええええええっ!!」」


ひっしと抱き合って、必死に懇願する。


獣に食い散らかされて死亡なんて――絶対に嫌だ!!!!


ギュッと硬く目をつぶる。怖くて怖くて仕方がない。


布越しに伝わってくる妹の温もりだけが、生きている実感を与えてくれた。


でも――それもすぐに失われてしまうかもしれない。


深い穴の底に落ちていくような絶望感が、私の心を覆っていった。


「……?」


しかし、いつまで経っても狼が襲ってくる気配はない。


不思議に思って目を開けると、すぐそばに狼がいるのに気がついた。


――が、普通の狼とは違う。


顔は狼そのものだ。


しかし、後ろ足ですっくと立ち、使い込まれた鎧を身につけ、巨大な剣を背負っている。


「こんな山中でなにをしている」


魔物でも獣でもない。闖入者は狼の獣人だったのだ。





パチパチと火が爆ぜている。


辺りはすっかり暗闇に包まれ、鬱蒼とした森の木々を黄みがかった光が照らしていた。


「お騒がせしました……」


しょんぼり肩を落として、狼の獣人に謝罪をする。


地面にどっかりと腰を下ろしたその人は、ジェイクと名乗った。


「俺が野生の獣だったらどうするつもりだったんだ、まったく……。結界を張ったから安心してただと? 油断し過ぎだ」


「おっしゃるとおりです」


なにも言い返せないでいると、ジェイクさんはしみじみため息をこぼした。


「……こんなご時世に女ふたり旅とは。なにを考えているんだか」


ジロリ、鋭い目を私たちに向けた。


「異世界から喚ばれた勇者だとしても不用心だろう」


「……!」


ドキリと心臓が跳ねた。


「どうしてわかったんです?」


ジェイクさんは言いにくそうに視線を泳がせた。


「俺は神殿の元関係者でな。神が新しい勇者を用意したと聞いていた。それに、お前らの姿はどう考えても異質だ。普通の旅人だとは思えないし、魔素噴出で魔物が凶暴化している昨今、平気な顔をして旅が出来るのは勇者くらいなものだろう」


「なるほど。確かにそうですね」


妹なんかはセーラー服のままだ。わかる人にはわかるのだろう。


「ね、狼のおじさん。関係者ってどういうこと?」


まもりの問いかけに、ジェイクさんは肩をすくめた。


「俺は引退した神殿騎士だ。一度、神殿を離れた身とはいえ、知り合いもおおぜいいる。神殿は民の味方だろう? 連絡は取り合っていた」


「なるほど! いろんな国が滅びちゃったって聞くもんねえ。神殿を頼らないと、いろいろ不便だろうし」


「ああ」


ぽつりと答えて、ジェイクさんは口を閉ざした。


琥珀色の瞳に炎が映り込んでいる。灰色の毛なみは、もともとは漆黒だったようだが、加齢によって銀色の毛が入り交じっていた。


壮年はとうに過ぎているらしい。積み重ねた年月がにじんだ渋さがあった。


「峠を越えるつもりか」


「は、はい」


「……仕方がない。俺がついていってやろう」


「え! いいんですか!」


目を輝かせると、ジェイクさんは尻尾を一振りして笑った。


「街道までずいぶんある。この先に人家はないし、お前たちだけでは不安だ。勇者様になにかあったら困るしな」


願ってもない申し出だった。


先ほどのような事態がいつあるかわからない。人が多いに越したことはなかった。


「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げた私に、ジェイクさんは苦笑をもらした。


「だから不安なんだ。初めて会う、それも獣人なんかを簡単に信用するんじゃない」


「あっ……!」


パッと頬を赤らめた私を、ジェイクさんはクツクツ笑って眺めている。


「まあ、追々学べばいい。出会ったのが俺でよかったな」


「うう……。勉強になります」


告げられた言葉に、私はまたも肩を落としたのだった。


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